オジサン NOW

還暦過ぎたオジサンのつぶやき

「自分を鍛えてくれた、班長さん」

「手ぶらで帰ってくるなー!」と、水産会社のときの班長さんが大声で叫んでる声を、今も思い出す。自分が24歳のとき、水産会社にやって来たが、そのときに女工さんの班長が、明治生まれのオバサンだった。

翌年から、工場長が辞めたので自分が工場長になって、30人ほどいる女工さんを使うようになった。しかし、それまで事務をやっていたので、なにがなんだか分からず、大まかな段取りや仕事内容をほとんど班長さんと相談して決めた。

自分もずっと現場で、女工さんと一緒に原料の処理をしたり、フォークリフトで冷蔵庫に入れて、手作業で荷物を積み上げたりとかやっていた。この班長さんが、とにかく働く人で、妥協を許さなかった。責任感は、職員以上だった。

        

手を抜いている女工さんは、すぐ怒鳴られた。他の水産加工場で班長をやっていたオバサンが、ウチの工場に来て驚いていた。或る日、自分に「こんなに会社側で、一生懸命働いている班長さんは、他にはいないよ」と言った。このオバサンも、色々な水産加工場で働いてきたが、こんな班長さんは見たことがないという。

自分も何度、怒鳴られたか分からない。「次の仕事はどうすんだ!用意しなくていいのか!女工はみんな手が空くぞ!」と怒られ続けた。だから、段々と段取りが上手くなって行ったが、女工さんと一緒に原料を処理し、合間を見て冷蔵庫に入れて、次の段取りを考えて用意するので、絶え間なく動いて工場を走り回っていた。

そのときに、班長がよく言っていたのは、1つの仕事を終えて、女工さんが移動するときに「手ぶらで、帰ってくるな!」ということだった。帰って来るときに、こちらに持ってくるものが、なにかあるだろうと言うのだ。無駄に何度も往復しないで、一度でやれということだった。

今のマンションで、ずっと続けていることがある。例えば、午後4時頃から管内の巡回や水道管の点検をするのだが、そのときに、必ず粘着テープのコロコロを持って行くようにした。朝、掃除をしてキレイにしても、エントランスのマットやエレベーターの床のマットは、その後、必ずゴミで汚れる。それを巡回のついでに、コロコロでキレイにする。

             

だから、自分の当番のときは、かなり館内はキレイだと思う。入居者の人からも「いつもキレイにしてくれて、ありがとう」と言われる。前任者が、いい加減だったこともあるが。(笑) 土日は管理人は休みなので、月曜日に出勤するとエントランスもエレベーターもゴミだらけで、よくこんなに汚すもんだと感心する。

他にも、管理人室を出るときは、用事のついでに、なにかやることはないかといつも考えている。些細なことだが、これは、水産時代に班長さんに教えてもらった影響かな、と思うようになった。班長さんには、仕事の厳しさも仕事の段取りも叩き込まれた。今、そんなことが体に染みついているのかなと、思ったりする。

自分がヘトヘトになって、倉庫の2階で2~3分ほど横になって休んでいたら、班長さんが用事で呼びに来て、「もう少し休んでいなさい」と言われたこともあった。そして、1年が過ぎ、女工さんの仕事がすべて終わって、班長をワゴン車で家まで送って2人きりになったとき、「あんたは、よく頑張った」と言われて、どっと涙があふれた。

この班長に言われたことが、何よりも嬉しかった。もうすでに故人になってしまったけど、本当にありがとうございました、佐藤チエさん。