オジさん NOW

還暦過ぎたオジさんのあれこれ

「道内の日最深積雪」

f:id:yoisyotto:20210301094400j:plain

2月23日~2月27日までの積雪量の多い順位は、①朱鞠内 ②幌加内 ③音威子府ということで、その後に岩見沢や倶知安となっている。上には上がいるものだけど、岩見沢は市なので人口も多くJR駅もあり、影響も大きいので注目されるのだろう。朱鞠内も幌加内も音威子府も、過疎化で人はかなり少ないので、上位にあるが注目度は低い。それにしても、1位の朱鞠内は240~250㎝と、岩見沢よりもまだ40~50センチも多いのだから、すごい。

積雪量は同じ江別市でも、岩見沢寄りの江別の端の方と、札幌寄りの端の方では随分と違う。もちろん札幌市に近い方が少なく、岩見沢に近い方が多くて、岩見沢に近い我が家で94㎝の積雪量の時に、大麻では60㎝くらいだったので、約30センチも違う。札幌市も同じで、札幌市内の両端の地域ではかなり積雪量が違って来る。それで、同じ市内に住んでいる人でも、「今日はすごく積もったね」と言うと、「俺のところはそうでもなかった」ということが多々ある。

それでも、自分が22年前に道北のオホーツク海に面している町から江別に来た時には、札幌に近いのだから雪はかなり少ないだろうと期待していたら、逆に遥かに雪が多くて驚いた。道路の両脇に排雪した雪が山のように積んであって、えらいところに来たと思った。その時から比べると、今は温暖化の影響で、かなり雪の量は少なくなった。温暖化が進むと、地球はいずれ大変なことになって行くのだろうが、北海道や東北地方で積雪量の多さに苦しんでいる人達は、雪が少しでも少なくなってくれたらいいと思っているだろう。

《猛吹雪、同僚の惨事》

f:id:yoisyotto:20210227081432j:plain

職場の同僚が、2月24日の猛吹雪の日に「大変な目に会った」と詳しく教えてくれた。それは、同僚が朝7時に用事で家を出て、周りが畑ばかりの長沼町方面に向かって走っていたが、猛吹雪で前がほとんど見えなくて、前を20~30キロの速度でノロノロと走っていた1台の乗用車の後を、恐る恐る付いて行った。

車はみんなライトを点けて、更にハザードランプ(駐車灯)を点滅させて走っているほど視界は最悪で、前の車は道路が見えないようで、時々道路の真ん中や対向車線をフラフラと走っていた。その内、十字路の信号のところで、前の車は直進して行ってしまい、同僚の車は左折した。その途端、前方がほとんど見えなくなり、かすかに見える道路脇のポールや看板を頼りに走っていたが、突然左側にハンドルを取られて、道路脇の側溝に落ちた。

それで、すぐJAFに電話したら、「この天気なので事故が多発していて、到着の目途が全く立たない」と言われ、仕方なく車の中で待つことにした。吹雪が少しおさまって周りが薄っすらと見えて来た時、20mほど先に1台の軽自動車がこちらの方に向いて、同じように側溝に落ちていたのが見えた。自分だけではないと少しホッとしたが、30分ほどしたら車が来て、路肩に落ちていた軽自動車から年配の女性が出て来て、その車に乗って側溝に落ちた車を残して行ってしまい、同僚は自分1人だけ取り残されたようで、呆然としていたそうだ。

そのまま斜めになった車の中で2時間半も待ち続け、その間もJAFに何度も電話したが、「全くメドが立たない」というばかりなので、仕方なくタクシーを呼んで、近くの南幌町のバスターミナルに行った。2時間ほど待合室で待っていたが、昼になって腹が減ったので、近くの食堂まで歩いて食べに行った。それからもJAFに電話したが答えは同じなので、このままではいつになるか分からないと思い、またタクシーで江別市内の自宅まで戻った。

そして、やっと午後3時半頃にJAFから連絡があり、家まで迎えに来てもらって、一緒に現地に向かって車を引き上げ、全て終わったのが午後4時で、結局、朝7時から午後4時まで、約9時間もかかったそうだ。ただ、JAFの人は感じも良かったが、狭い道路で大型トラックも頻繁に走っているのに、実に要領よく一生懸命にテキパキと作業するので感心したそうだ。それまでは、JAFの受付に「何のために金を払っているのか、分からないな」と文句を言おうかと思っていたが、その気持ちも無くなったそうだ。

しかし、災難はそれだけではなく、車内にずっと居た時に地元の警察が様子を見にきて、事情聴取の為、車から出てパトカーに向かって歩いている時に、ツルツルの路面で滑って体が浮き、後ろから勢いよく落ちて、背中や腰や後頭部を強く打った。その後、自分の車を見て通報が警察に行くと困るので、ということで幅の広い黄色いテープに事故車と書かれているのを車の周りにグルグルと巻かれたが、車から出入りする時に邪魔で仕方なかったそうだ。警察が来ても、ろくなことが無いと怒っていた。

悪いことばかり続くので、一度、お祓いしてもらおうかと思ったが、乗ったタクシーの運転手さんが、「朝から今までの時間に、この数百メートルの区間で、7台の車が側溝に落ちていましたよ」と言ったので、それなら仕方ないと納得したそうだ。「それでも、この程度で良かったかもしれない。正面衝突とか、他の車と関わった事故ならもっと大変だった」と言っていたが、確かに不幸中の幸いなのかもしれない。

《大雪で大変!》

f:id:yoisyotto:20210226094202j:plain

2月25日のここ江別市の我が家一帯の積雪量は、午前9時までの時点で94㎝と、今季最大となった。朝一番で駐車場から車が出られるように雪かきをしたが、朝7時に出かける時にはまだ除雪車も入っていなく、道路は雪が積もったままなので、2m進んでは雪の壁に遮られ、バックしてまた勢いをつけて少しずつ進むということを5回ほど繰り返して、やっと広い道路に出られた。

とにかく、下手をするとすぐ車がハマって動けなくなるという状態で、どうなることかと思った。今季は、こんなことは初めてだ。息子の会社は、この大雪で休みになった。この時点ではまだ吹雪いていたが、1時間ほどすると吹雪も止んで来て、段々と天気が良くなって来た。しかし、この大雪と吹雪でこの辺りでは交通事故が多発して、追突したとか、道路脇に落ちたとか、すごい数だったらしい。JAFも全く救出の目途が立たず、てんてこ舞いだったそうだ。

ちなみに、同日時の岩見沢市の積雪量は205㎝で、同市の史上2番目の1日の積雪量だったそうだ。テレビで岩見沢市民にインタビューしていたが、以前もかなりの積雪量で「もう、勘弁してほしい」と言っていたが、今回は笑って「もう、いいですね」と言っていた。確かに、呆れてもう笑うしかない。

江別の2倍以上も積もったとは、想像もつかないが、去年の冬に車で岩見沢市に入ったら、すぐ「これが噂に聞く」という光景が目に入った。2車線の道路が1車線になり、その両脇に除雪した雪が山のように高く積んであり、ちょうどその時も自分の車の何台か前を除雪車が走って、道路を除雪していた。実際に行って見てみたら、テレビで観る以上のすごさが分かった。住んでいる人は大変だ。

《水太りのカニ》

f:id:yoisyotto:20210224221427j:plain

水産加工場時代に自分が住んでいた町は、毛ガニの漁獲量が日本一だった。当工場も生きている毛ガニを地元の市場から買って、茹でて冷凍して旭川の市場に送ったこともあった。その毛ガニの冷凍加工を始めた時に、食品添加物の業者の人がどこからともなくやって来て、毛ガニの重さを増やす添加物があるので使わないかと言ってきた。しかも、化学添加物ではなく、原料がデンプンなので安全だという、

歩留まりが良くなって利益も大きくなるので、ほとんどの水産加工場が使っているとも言った。要はドリップと言って、水を多く毛ガニ本体に含ませるため、その冷凍毛ガニは持ってみるとズシリと重いので、お客さんは身がびっしり入っていると思い、買ってから家で解凍すると水が驚くほどたくさん出て、身は少ししか無かったということになる。

当時は、そんな笑い話のような話をよく聞いた。今は、品質重視になってきているので、そういうことはないとは思う。ウチの加工場でも、実際にその添加物を使って実験してみたが、その添加物は完全に水に溶けずに白っぽくなったり、固まったりして、これはダメだということで使うのを止めた。但し、水をたっぷりと吸って、重量はかなり増えたので、確かに魅力はあった。といっても、毛ガニを扱ったのは、ほんの一時期だけだったが。

当時、そんなことをやっていた水産加工場はたくさんあったし、道内の有名な店にも数多く出回っていた。帆立の玉冷凍にも、この添加物を使っているという噂もあった。同じように水をたっぷりと吸わせて冷凍するようだ。中には、ホタテの玉冷凍や冷凍の毛ガニの表面に氷の皮膜を異常に厚くかけて、目方を重くしているのも結構有った。氷の被膜をかけるのはグレーズといって、本来は冷凍庫や冷蔵庫内で乾燥を防ぐためのものだが、歩留まりを良くするために意図的に厚くかけていた水産加工業者も多くいた。今は、どうなのだろう。

よく、冷凍毛ガニを慣れたように手のひらに乗せて上下に動かして、「ウン、重い!こういうのがいいんだ、こういうのが」と言って買っていくオジサン達をカニの専門店でよく見かけたが、その後、家で解凍したら水がドバドバ出て、中身がスカスカだったら、どう思うのだろうか。「スイカとは違う」と、思っていた方がいいかもしれない。

「職業臭か?」

f:id:yoisyotto:20210222081326j:plain

前回の記事で、帆立のウロが腐った時のすさまじい臭いのことを書いたが、水産加工場では生の魚介類を扱っているので、どうしても生臭さや腐敗した臭いが体に染み付いている。牛肉の解体をやっている工場に何度か行ったことがあったが、そこは牛脂の臭いがいつもしていて、それほど気持ちが悪くなるような臭いでも無かった。脂の臭いの方が、生肉や血の臭いより強いのかもしれない。

同じグループの車の整備関係の会社から、職員数名が乗れるワゴン車を借してくれと言って来たことがあったので貸したことがあった。自分達が、いつもオバサン達を送迎するのに使っていたワゴン車だ。秋頃のことで、少し寒くなって来た時期のことだ。しばらくしてから、相手の担当者から聞いたが、職員5~6名がワゴン車に乗り、少し寒かったので車の暖房を入れて少ししたら、ムッとした生臭さが車内に蔓延し、皆、ゲーゲーとやり出したそうだ。

寒い時期に暖房も入れず、窓をずっと開けて走っていたので寒くて大変だったと言っていた。その話を聴いて、そんなに臭うものなのかと驚いたが、自分達はいつもその臭いの中にいるので慣れてしまって、臭いに麻痺しているので気付かないが、他の人からすると強烈なのだろう。どうしても生のものを扱っているので、長靴から作業服から何から何まで生臭くなる。

自分も仕事帰りに本屋で立ち読みをしていたら、隣で立ち読みしていた男子高校生数人が「なんか臭くないか?」と話し出したので、急いでその場を離れたことがあった。それまでは、仕事が終わってもほとんど着替えないでオバサン達を送り、その帰りに本屋や色んなところに寄っていたが、それからは家に直行して着替えてから、本屋や買い物に行くようになった。色々な職業によって、それぞれの臭いが衣服や靴や、そして体にも染み付いているのだろう。

「とても美味しい、帆立の卵」

f:id:yoisyotto:20210220230610j:plain

自分が当時勤めた水産加工場のメインは猿払の帆立で、漁連の委託加工をしていた。帆立の卵が付いていない時期には、本体の玉だけにして冷凍して玉冷にしていた。帆立に卵が付いている時期には、帆立本体の玉に卵だけを付けたまま冷凍した。フランス向けの輸出だった。フランス人はそうして食べるそうだ。フランス料理なのか。

卵の色は白とピンクの2種類があって、白色が精巣でピンクが卵巣だ。どちらも活きのいい内に刺身にして食べると、ウニのような味がして非常に美味しいと、工場で働いていた漁師のオバサン達が言っていた。ただ、自分はどうしても生で食べる勇気がなかった。それよりも、この卵を茹でて食べると、とても美味しい。カマボコのもっとやわらかいような感じだ。

帆立の耳と言われるところを窯で茹で、それに味付けして干したものを珍味で売っていたことがあった。これも店でよく見かけるが、とても美味しいものだ。干し物はどれもそうなのだろうが、天日干しにすると味が劇的に良くなる。冷風乾燥機で、天日に一度も当てずに干したものとは、味が全然違う。紫外線に当たると、アミノ酸やうまみ成分が増すと言われている。

その帆立の耳をオジサンが窯で茹でている時に、余って捨てている帆立の卵を時々一緒に茹でて、コッソリとオジサンと2人で食べていたことがあった。これがもう茹でたてということもあって、ホクホクして実に美味くて止められなくなり、オジサンに「もう、いいんじゃないの?」と、よく止められた。

生の帆立には、ウロという黒い固まりが付いていて、そこに貝毒が溜まりやすいと言われているので捨てていた。ただ、ウロは栄養価が高いので、飼料や肥料にすることもあると聞いた。このウロは温度が高い夏場はすぐ腐って、ものすごい臭いになる。夏休みでアルバイトに来ていた男子高校生を2人、町指定のゴミ捨て場にウロをトラックで捨てに行く時に手伝わせたが、その強烈な臭いで「ゲーゲー!」と2人とも何度も吐いていた。

《30年前の田舎の酩ドライバー》

f:id:yoisyotto:20210218113250j:plain

前回、水産工場時代のことを書いていたら、30年も昔ということもあり、あの3年間で色々と面白いことがあったのを思い出した。当時、自分と同じく他の水産加工場で働いていた高校の同級生の友人がいて、仕事が終わると毎晩のように2時間ほどドライブをしていた。友達は車が趣味で、スカイラインが大好きで、新しいのが出ると次々と買い替えていた。或る時、スカイラインGTだかGSだかのターボというのを買ったというので、早速ドライブに誘われた。今度のは、エンジンがすごいと興奮していた。

夜8時過ぎになると田舎の道路は走っている車もほとんどなく、浜頓別町から猿払村に向かう国道で直線がずっと続くところがあって、そこを走っていたら友達が突然、「スピードを制限するリミッターを外したから、どれくらいスピードが出るかやってみる」と目を輝かせて言った。驚いたが、仕方なく「いいよ」と言うと、段々とスピードを上げて180キロ近くまで出たと思うが、「俺の人生はここで終わった!」と思ったところで車は停まった。命は助かったが、1人でやればいいのにと思った。それにしても、こんなことを国道でやれたのは、田舎だったからだろう。

この友人と一緒に飲んだ後も、車で家まで送ってもらったことがある。もちろん飲酒運転だが当時は皆、結構飲酒運転をしていた。そして、家に着いて友人を見送っていたら、家のすぐ横にある川に向かって真っすぐ走って行ったので、走って車を追いかけて「そっちは川だぞー!」と叫んだ。すると川の手前で停まって、元の道に戻って帰って行った。「俺には、絶対に捕まらない秘訣がある」と豪語し、飲んだ後は必ず近くに駐車してある自分の車で、自宅に帰っていた友人もいた。確かに、一度も捕まっていない。

自分が26歳の水産加工場2年目の時に、地元の高校を卒業したばかりの小柄で童顔の男子が入社して来た。近くの農家の息子だった。色々と話を聴いていると、何んと小さい頃から自分の家の敷地でトラクターや車を運転していたそうで、中学生の時には父親が町で飲んだ後、町まで片道30分ほどかかる道をいつも車で迎えに行っていたと言う。更に、両親が名寄や旭川に用事でバスと汽車で行った時も、夜に片道2時間近くかかる音威子府駅まで車で迎えにも行っていたそうだ。中学生が。22歳で車の普通免許を取って、当時の運転歴が4年目の自分より、運転歴が長い。農家の子供はすごい。

東京の叔母さんが時々自分も住んでいた両親の実家に遊びに来た時に、音威子府駅まで車で夜迎えに行ったが、それから実家までの1時間半の間に1台の車ともすれ違うことがなく、たまにキタキツネが道路脇にいたくらいだったので、叔母さんも驚いていた。そんなところなので、警察が取り締まりやパトロールをしていても、車が1台も走っていないようなところでは意味がない。飲酒運転も、無免許運転も一歩間違えば大変なことになり、車や人が圧倒的に少ないゴーストタウンのような田舎では交通事故は滅多に起きないが、油断していると大事故につながる。今は、昔よりずっと厳しくなっているようだ。