オジさん NOW

還暦過ぎたオジさんのあれこれ

「近くの中国料理店、“明珠酒家(ミンジュシュカ)”の醤油味ラーメン」

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あまりにも飾り気のないラーメン。食べかけではなく、最初に出された状態。

中華料理店のラーメンは、日本のラーメンとは少し味が違うがこれはこれで美味しくて、また久しぶりに食べてみたいと思って入ってみた。この店は、中国人がやっている店のようで、店員の女性も中国語で店の人と話していた。自分が行ったのは平日で昼番の仕事が終わった11時45分頃だったが、店の前に停まっていた車は1台だけだった。後で、数人店に入ってきたくらいで、昼12時頃でも結構空いていた。

メニューを見てもよく分からず、店の女性が水を持って来たので、その時に「ラーメンはどれ?」と聴くと、「これは味噌味、これは塩味、これは醤油味」とメニューの写真を指差して教えてくれた。それで、醤油味のラーメンにした。少し経って、そのラーメンが来たのだけど、あまりにも飾り気のないラーメンだったので驚いた。少しだけ、スープの間から豚肉を炒めたようなのが顔を見せていて、キクラゲらしいものも少し浮かんで、モヤシも若干入っていた。これで820円はどうかと思った。

スープの味はまあまあだったが、特にこれと言って美味しいということもなくて、もしまた来るとしたらチャーハンや五目焼きそばでも食べてみようかと思っていた。そして、食べ終わってレジに行ったら、メニュー表には820円と書いてあったが、900円と言われた。メニュー表のは消費税別の価格だったようだ。あのラーメンで、900円はいくらなんでも高過ぎる。これは参ったなあと思ったが、食ってしまったものは仕方がない。

後で調べてみると、この店には例の「刀削麺」があって、テレビでよく見る出刃包丁のような刃物で麺を平らに削って飛ばすものだが、ここでは ラー油の効いた辛口と醤油味が選べるそうだ。ネットでのレヴューを見ると、この「刀削麺」の評判は良いみたいで、他のメニューも評判が良いのもあった。自分は、この店では外れのメニューを食べたのかもしれない。またいつか機会があれば、「刀削麺」にチャレンジしてみたい。

「佐川急便を装った、フィッシングメール」

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先般、Amazonに注文した商品があり、輸入物の洋楽CDだったので販売元から発送されていて、到着予定日がだいたいでしか分からないのだが、ソロソロ到着する頃だなと思っていた。そしたら今日、スマホのメールに「荷物を届けに来ましたが、不在でしたので配達せずに戻りました。下記より確認して下さい」という内容のメールが来ていた。その見出しの表示には携帯電話の電話番号が出ていて、配達員の電話かと思い、そこに電話してみたら「電波の届かないところにいるか…」というメッセージを繰り返すだけだった。

それで、「下記より確認して下さい」と指示されたサイトを開いてみると、背景に佐川急便のホームページが表われて、その前面に「インストールして下さい」というのが表示された。これは、佐川急便の荷物追跡ソフトのインストールかと思って、「はい」を押してインストールしようかと思ったが、以前、佐川急便の札幌センターに何度か荷物の到着確認で電話したことを思い出し、まずセンターに電話してみた。すると、すぐ「当社ではそのようなメールを送ることは一切ないので、迷惑メールだと思います」と言うので驚いた。

それからすぐそのメールを削除してネットで調べてみたら、有った有った!佐川急便を名乗るフィッシングメールが多発しているそうで、Amazonを名乗るのもあるそうだ。その被害の内容を読んで、ゾッとした。もし、言われるままにインストールをしていたら、スマホを遠隔操作されて乗っ取られ、勝手にプリペイドカートを買われたり、ヤオフクで買い物をされたり等々、とんでもないことになるみたいだ。この遠隔操作の元は、中国のサーバーだそうだ。まったく、中国はとんでもない国だ。

職場のHさんが昨日、ガラケーからスマホに変えることにしたと言う。格安スマホで、機種は中国製のファーウェイとのこと。確かに、このファーウェイのスマホは性能の割に価格が安くて、自分も去年までずっと使っていたが、以前から中国製のパソコンやスマホには得体の知れないチップが搭載されているという噂があり、それが去年米国で問題になって輸入禁止になったこともあって、自分もそれを機にファーウェイをやめて日本製のスマホに機種を変えていた。どうも中国は、得体が知れない。

それにしても、どうしてAmazonからの荷物が届くかどうかというタイミングで、このメールが来たのだろうか?Amazonに今回注文した情報が洩れているということなのだろうか?そうでなければ、仮に商品を頼んでもいない時に今回のメールが来たら、おかしいと疑うかもしれないのに、”頼んでもうソロソロ到着!”という時にメールが来たことに、大きな問題がある。なぜ、それが分かったのかだ。注文が筒抜けだったということだろうか。

そういえば、そんなようなことが今までにも何度もあったような気がする。例えば、ギターの通販サイトを見ていたら、それに関するギター販売のメールが、その後何度も届いたこともあるし、遺言状に関することをネットで調べていたら、その後すぐエンディングノートの書き方ソフトの案内メールが届いたりしたし、他にもそんなことがあった。何度も続くと、偶然ではないと思うのが普通だろう。

こちらがネットで見ていることが、どこかの誰かが見ているようで怖い。どうしたら良いものか。ウィルス対策のセキュリティソフトは、昔からインストールしてずっと使っているが油断はできない。IT関連は段々と進化して便利になって行くが、反面それを悪用する奴が必ずいるので、かなり神経を使わなければならない。

まして、自分はネットで銀行を利用しているので、大変なことにならないようにパスワードの変更などをひんぱんにやらなければならないのだけど、普段は面倒であまりやっていない。ただ、今回のようなことがあると、気持ちが悪いのでその都度パスワードは変更している。今回もまた面倒だけど、やらなければならないな。

「白鳥が、いない!」

 

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橋を渡って栗沢町側から撮影。道路の左手の畑に白鳥が飛来する。

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この畑いっぱいの白鳥が、土の中の虫をついばんでいる。

確かこれくらいの時期だったと思い、家からすぐ近くの夕張川のすぐ横の広大な畑に行ってみたが、毎年かなりの数の白鳥が飛来している姿はまったく見当たらなかった。今年は雪が例年よりもかなり少なくて、白鳥が来た形跡がまったくない薄っすらと積もった雪を見て、もうすでに来て去った後かと思った。ネットで調べてみたら、この辺りには11月上旬から12月上旬に飛来してくるようで、ぜんぜん遅すぎたと分かった。(”観光のくにづくり推進局”の資料参照)。

仕方ないと諦めていたら、我が家から車で20分ほどの長沼町の千歳川の千歳橋付近に1月から3月に白鳥が飛来することが分かった。さらに、サギも飛来するそうだ。ということで、仕事が休みの日に様子を見に行って、デジカメで撮影したいと思っている。

20年以上前に道北に住んでいた頃は、浜頓別町のクッチャロ湖に家族で何度か白鳥を見に行ったことがあったが、江別に来てから自宅のすぐ近くの畑に飛来する多くの白鳥を見て驚いた。冬の夜には白鳥が家のすぐ上を飛んでいて、泣き声も結構大きく、最初の頃は何の音だろうと思っていた。

それにしても、江別の白鳥飛来の場所から千歳川の千歳橋までは車で20分ほどの距離なのに、2カ月以上も飛来してくる時期が違うのだろうか。第一陣、二陣ということなのか。ここに来る白鳥はこの後は本州方面に行くようで、その途中にここ北海道で一旦羽を休め、畑の土の中にいる虫を食べて食料補給もしているようだ。以前は、どのような飛来経路なのかハッキリと分かっていなかったが、平成17年頃から人工衛星の送信機を鳥に装着し、経路を把握することができるようになったそうだ。技術の発達は多くの謎を解明していく。

元々、白鳥とはシベリアやオホーツク海の沿岸で繁殖して、冬期間は越冬と餌場が凍ってしまうため、まだ暖かい日本に向かって来るそうだ。さらに、「日本にはオオハクチョウとコハクチョウが越冬のために渡ってきて、北海道や本州の湖沼、河川等で過ごす。晩秋から初冬に渡来し、春には飛去する。(ウィキペディア参照)」そうで、シベリア方面で繁殖して冬期間は越冬のために日本にやってきて、春になるとまたシベリア方面に帰って行くということらしい。

そういえば、この温暖化で、今までの白鳥の飛来するパターンが少しずつ変わって来るのではないかと思ったりもするが、そんな兆しは少しずつ現れてきているのだろうか。厳冬のシベリアも温暖化で暖かくなり、越冬の必要がなくなった白鳥はもう日本に来ることがなくなる、ということは将来的に考えられることなのだろうか。

ちなみに白鳥はカモ科で、空を飛ぶ鳥の中では最大の重量とのこと。調べてみると色々なことが分かって、面白い。白鳥に関する色々なサイトを見てみたが、その中でも青森県平内町ホームページ内の「ハクチョウの生態」が、画像や図解などで説明されていて、非常に分かりやすくて面白かった。

「ついに、悲願の南大通大橋!」

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南大通大橋の最後のすり付け工事

江別の上江別と東光町を結ぶ千歳川に架かる新しい橋が、ついに今年2020年3月に完成しようとしている。自分がここに20年前に来た時から、新しい橋ができるという噂があった幻の橋が、ついに現実のものとなる。まさか、ここまできて、また延期になるということはないだろう。もう、すでに上江別側は道路と橋のすり付けが終わって完成していて、こちらの東光町側ももう少しのように見えるが、それが終わるといよいよ開通だ。

自分は東光町側の方に住んでいるので、新しい橋が出来ると上江別にホクレンショップがあり、子供の病院やコインランドリーが橋を渡るとすぐあるので、色々と便利になる。それと、この橋の東光町側の先には337号線があるので、交通量が結構多くなるのではないかと思われる。行動範囲も広くなるような気がして、なにか嬉しい。

それと、今まで我が家から江別市内に行くルートは、踏切を渡って12号線に出るルートと東光橋を渡って行くルートの2つがあったが、この東光橋は江別駅南口に通じる道で便利だが、古くて道路幅も狭く、両脇の歩道も自転車と歩行者が重なる時などは、自動車道にも自転車で乗る人が多くてすごく危険だった。息子達が高校生の時は、この狭い橋を自転車で渡って行くので心配だった。

この橋も新しい橋が出来たら、おそらく老朽化も進んでいるので、拡幅工事などの改修工事をするのではないだろうか。なんといっても、江別駅南口にすぐという通りなので、この橋をなくすることはまずないだろう。今回の橋が出来て交通量が多くなり、周りに色々な店舗が出来てくると嬉しい。さらに、それに伴ってこの辺の地価も上がると、もっと嬉しい。

 

《追記》

東光町側から新橋を渡って上江別に出た先の道路は、すでにかなり前から2車線の道路になっていた。ただ、この先がどこにつながるのかが分からなかった。というのは、真っすぐ行くと江別高校やケーズデンキなどが近くにあり、瑞巌寺というお寺のすぐ左横に突き当たり、左右の道路に分かれるからだ。46号線にぶつかる。

そしてその真っすぐ先は畑になっていて、おそらくこの土地の所有者の誘致が上手く行かず、ここで止まっているのではないだろうかと誰かに聴いたことがある。この畑の先を地図で見てみると、情報大学近くの白樺通りに突き当たる。この辺は野幌町だ。

更にこの先は、野幌森林公園になるので、終点はここまでだろう。ここから北広島方面にも行くことができる。という計画だったのかもしれない。本当は江別市の都市計画課にでも聴いてみれば、ハッキリと分かるのだろうけど。

工事中の現場の近くまで行ってみたら、看板に工事の完成らしい月日が、3月23日と書かれていた。おそらくその変だと思うが、橋の工事などは完成が延びることも多々あるということだ。

《孫と心配性の自分》

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自分の次男坊夫婦に子供が生まれて1歳になった時は、まだ赤ん坊だと思っていたら、ハイハイやつかまり立ちをするようになり、我が家に遊びに来ると必ず自分と女房の顔を見ては口をへの字にして号泣していた。しかし、この泣き顔も泣き声も可愛いくて愛おしいと思うようになるのだから、孫とは不思議なものだ。

今までは、自分の同級生が毎年孫と一緒に写した写真を年賀はがきの裏側に印刷してあるのを見て、「しかし、よくやるよなあ!」とあきれていたのだが、その後、自分も孫と一緒に写した写真を年賀状の裏に印刷して送ってしまった。孫が出来るとどんな人もメロメロになると聴いていたし、自分の両親の姿も見て分かっているつもりだったが、それにしても自分もこうなるとは思わなかった。

孫が赤ん坊の時はまあこんなものかと思っていたが、自分も女房も段々と孫が成長するにつれて可愛さが増して行くと夢中になっていき、孫が遊びに来ると二人で孫の取り合いになる。「いやあ~、ずるいねえー!自分ばっかり抱っこして!」、「俺にも少し抱かせろやー!」と孫の奪い合いが始まり、次男坊の嫁さんはそれを見ながら、いつ孫を落とすのではないかとヒヤヒヤしていたことだろう。最近は、次男坊やその嫁さんから孫の最新の写真や動画がスマホに送られてくるのが楽しみで、届いた孫の画像を見ては幸せな気持ちになる。その孫も今年で4歳になり、下の孫も1歳になった。

ただ、自分はひどい心配性なので、孫のことでも事故や病気や学校でのイジメとか、とにかく何でも心配になってしまう。無事になにごともなく育って欲しいと、心から願うだけだ。我が家の子供達が自転車で学校に通うようになった高校生の時には、部活で遅くに帰って来る2人の自転車のありとあらゆる場所に、夜光反射テープを貼った。後で社会人になった長男坊と駅に置いてある自転車が頻繁に盗まれているという話をしていて、「よく、お前の自転車は盗まれなかったな?」と自分が聴くと、急に長男坊は顔を赤くして荒々しげに「当たり前だわ!誰があんな反射テープだらけの自転車を盗むんだ!」と怒ったので驚いた。

「お前、嫌だったのか?」と聴くと、長男坊は「もー、恥ずかしくて、恥ずかしくて!」と言って下を向いて黙った。そのとき、きっと当時の恥かしい思い出が彼の頭の中を走馬灯のように駆けめぐったのだろう。長男坊には悪いが、可笑しくて可笑しくて仕方なくて、後で何度もその時のことを思いだしては吹き出した。孫にも、やり過ぎて怒られないようにしないとなあ。

※画像は、孫が書いてくれた大好きなオジイチャンの似顔絵。

「ヤンチャな父」

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自分の父は7人姉弟の4番目で小さい頃からヤンチャで、小学生の頃は年上の生徒によく喧嘩を売っていたという話を聴いたことがあった。高校の時は柔道部で、一番元気が良いのがなると言われていた先鋒をずっと任されていたそうだ。ヤンチャなので、色々なエピソードがあった。

土建屋を父が最初に始めて、それから田舎の山奥から兄弟達が出て来て一緒にやっていたが、そのすぐ上の兄と事務所で相手の業者と商談をしている時に、相手がエスカレートして兄の顔に飲んでいたお茶をかけたら、その相手がすぐ土間に転がっていたそうだ。お袋が、「お父ちゃんが、ぶん殴ったんだよ」と笑いながら教えてくれた。「あっという間だったよ」と。

自分が小学生の頃、休みの日に現場を見に行くかと言われて、お袋と3人で父の運転する車で行ったことがあった。現場が近くなった時、小さな川のようなところに手すりも何もないコンクリートの板が渡してある所があって、幅は車幅ギリギリで、ここを父は少しずつゆっくりと進んで渡った。これは人が歩くために作ったので、車で通るために作ったのではないと思ったが、お袋も冷や冷やして、「こんな危ないところを、みんなも車で渡ってるの?」と父に聴いたら、「いや、俺だけだ。みんな怖がって渡らん」と言ったので、お袋が「そうでしょ!」とあきれていた。

父が車を運転している時は、いつも運転席の窓を開けてツバや痰をペッと外にひんぱんに吐き出していた。強い缶ピースの缶入りタバコをずっと吸っていたこともあって、口の中が荒れて気になっていたのかもしれない。これが当初は、特に運転席の後ろに座っている家族にとってはすごく嫌なもので、お袋がそれを見て「これがシンガポールだったら、お父ちゃんは犯罪者ですぐ捕まってるよ」とよく言っていた。

しかし、この癖は自分も大人になってから自然に身についてしまい、同じことをやるようになっていた。自分の場合は鼻が悪いので、ひんぱんに口の中に垂れてくる鼻汁を何度も吐き出すのだけど、これも家人に嫌がられていた。遺伝ってあるんだなあと思った。ただ、これも風向きや吐き出す勢いによって、車に戻ってきて何度も車が汚れたことがあったので、その内やめた。

自分が高校生の時は、2歳上の姉と旭川の高校に通っていて下宿していた。その時に父が旭川に用事があってやって来て、自分と姉と姉と同じ歳の従弟の3人を有名なラーメン屋に連れて行ってくれた。その時のことを、従弟は「俺はあの時、すごく恥かしくて恥かしくて仕方なくてなあ!」とずっと言っていた。店舗に入るなり、父が自分達に向かって店内に響き渡るような大声で「汚ねえ店だろ?だけど、こんな汚ねえ店ほど美味いんだぞ!」と言ったからだ。

確かに、当時は店の照明は裸電球で、床はコンクリートの打ちっぱなしで、テーブルも折りたたみ式で汚い店ではあったが、それを店の人にも聞こえるような大声で言う人は、まずいないだろう。すぐ近くに、店員らしいオジサンもいたのに。

自分も家の仕事を手伝うようになった時のことだが、土建屋ということもあって多くの出稼ぎの労務者を使っていて、その人達が泊まる宿舎があった。父と父の弟の叔父が、我が家で夜9時過ぎだと思うが囲碁をやっているときに、会社の総務課長から電話がかかって来て、「酔った労務者同士の喧嘩が宿舎であって、1人は刃物で刺されて、救急車が向かっている」ということだった。

父は「すぐ行ってみよう!」と立ち上がって、叔父と自分も付いて宿舎に向かった。現地で総務課長とも合流した。父は、刺した労務者が宿舎の個室で寝ていると聴いて、すぐそこに向かった。普段は大きなことを言っている叔父も、高校の時に柔道部で喧嘩ばかりしていたという猛者の総務課長もびびって父の後ろから離れて付いて来たが、自分は父に何かあったら大変だと思って、仕方なく父のすぐ後に付いて行った。

そして、その労務者の部屋の玄関に着いて、床に血の跡がポタポタと落ちていたのを見つけた時には、もうどうしようかと思って玄関にあった小さなホウキを手にしていた。父は、臆することなくどんどん部屋に進んで行き、「オヤジ、居るか?」と大声で言い、「部屋に入るぞ!」と部屋の戸を開けた。暗い部屋の布団の中で、静かに寝ている労務者がいた。

父が「オヤジ、起きてるか?」と言うと、布団の中でモソモソと小さな声で労務者がなにか話した。父はそのまま部屋に上がって、寝ている労務者の枕元にあぐらをかいて座った。「どうしたんだ?喧嘩したのか?」とやさしく聴くと、労務者はまたモソモソとなにか話した。父は「そうか、それで刺したのか。でも、刺したのはマズかったなあ。警察を呼ぶからな、いいだろ?」と静かに言うと、労務者は黙ってうなづいた。

父は最後まで毅然としていた。ずっと自分は父の横にいて、相手が父に少しでも向かって来たら、持っていた小さなホウキですぐさま抵抗するつもりだった。なにしろ、寝ている労務者の枕元には、使用後と思われる包丁が置いてあったのだから。ちなみに、刺された人は軽傷だったそうだ。

父はヤンチャでワガママで横暴なところも多々あり、周りに迷惑もたくさんかけていたと思うし、自分とも仕事のことで随分と喧嘩もした。一時、自分が父の仕事を離れた時に、お袋は「これで二人が、仕事のことで喧嘩するのを見ないで済むと思うとホッとした」と言っていたほど、父とは仕事のことでぶつかってばかりいた。父とのことでは悪い思い出が半分あるが、残り半分はいい思い出で、父への憧れもある。

そんな父でも、最後まで慕ってくれた人も何人かいた。ありがたいことだと思う。上記の労務者との一件は、父の仕事に対する覚悟が見ることができて、本当の勇気とか覚悟とはこういうことなのかと考えさせられた。父が亡くなって、16年経つ。

「宝くじが、当たったら?」

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職場の59歳のHさんと、64歳の同年齢のUさんと、「宝くじが当たったら、どうする?」という話をよくしている。今まで宝くじに当たった人の、その後の人生を調べてみたら、ほとんどの人が何らかの形で破たんしているようなので、「まず、当選しても周りに絶対に分からないようにしないとダメだな」と話し、「当選しても、破綻しないためにはどうしたらいいか?」という話になり、そして「1億円当たったらどうする?」、「10億円ならどうする?」という話になる。

1億円当選したら、Hさんは道内の暖かい地域にある老人用の介護マンションを買って、夫婦で住むという。Uさんは一番堅実で、「1年間は誰にも知られないように、今の職場にも今まで通り普通に勤めて、当選した金には一切手を付けない」と言う。ただ、何度もUさんに「本当に、1年間一銭も使わないで我慢できるんですか?」と聴くと、「いやあ、それは少しは使うとは思うけど…。やっぱり、結構使うかなあ」と言う。こういう人が、一番危ない。すぐに派手に金を使って、周りにもバレて破綻するタイプだ。

Hさんは10億円当たったら、豪華なキャンピングカーを買って、奥さんと全国各地を観て周りたいそうだ。「僕は女房と仲良くやっていますから!」と満面の笑みでいつも自慢している愛妻家のHさんらしい。ただ、歳も歳なので「その場合は、運転は大丈夫なんですか?」と聴いたら、「いや、運転手を雇って運転してもらう」と言う。こういう人も危ない。運転手にだまされて、金を持ち逃げされる。大金を手にしたら、人を信用してはいけない。

その点、自分は堅実そのもの。1億円当たったら、まず両親や自分の墓の手配をすべて終わらせて、それから自分の老後資金を残しておいて、残りを家族に遺すということになる。ただ、その他に趣味のギターを少々買うかもしれない。アコギとエレキ・ギターを各10本ずつ。その他にギターアンプ、そしてベースギターとベースギター・アンプも数台欲しい。それらは、すべてかなり高額なものばかり。そうなると、ギターの保管室と演奏する部屋も欲しくなる。

10億円当たったら、まず今の古くなった家を改築して、家の周りを全てロードヒーティングにしてカーポートも作り、除雪が一切必要ないようにする。電気代がかなりかかりそうだが、10億円もあるんだから気にしない。そして、半地下室の木工室を作り、冬期間でも暖かく作業できるようにする。さらに、家の一室にレコーディング・ルーム兼オーディオ・ルームを作る。それと、孫が来た時に一緒に遊べるプレイ・ルームを作る。10億円もあれば、まだまだどんなことでもできる。ということで、あっという間に金を使ってしまうかもしれない。

ということで、今年のジャンボ宝くじを30枚も買った。総額9千円だ。しかし、Hさんに言わせると「これだ!」という天の啓示がない時に買っても絶対に当たらないそうだ。ということは、もしその啓示がこの先一生なかったら、一生宝くじを買うこともなく、当然、当たることもない。それと、「今がどん底、という時に買ったら当たるもんだ」とも言っていたが、この上さらにどん底になると生きていけない。いつ買ったらいいのだろうか。

自分は若い頃、まだ無欲になる時があって、ジャンケンにはよく勝ったし、当たると思い込んだら本当に当たるという不思議な力があった。今は無欲どころか欲の塊でドロドロしてるので、残念ながらその力は失われてしまったようだ。あの時の力があれば、大当たりも可能だっただろうが。

それで今、宝くじに当たるために、座禅と気功をやろうと思っている。それで無欲になり、無心になってから宝くじを買いに行ったらどうだろうかと考えている。ただ、無欲になったものが宝くじの当選を願って、買いに行くものだろうか。そもそも、宝くじを当てるために座禅と気功をやる、ということ自体が無欲ではない。

もし万が一、10億円、いや1億円でも、いや1千万円、いや100万円、いや10万円でも当たったら、急に口数が少なくなって、誰にも宝くじの話しはしなくなるだろう。なので、そろそろ宝くじの話をするのをやめようと思っている。「しかし、宝くじなんてドブに金を捨てるようなもんだな!」と一応、人前では悪態をついてみせるが、内心は「なんとか、なにとぞ、お願い致します!神様、仏様、アーメン!」と祈っている。最悪の場合、せめて購入資金の9千円だけでも回収できたらと思っている。

と書いている内に、当選発表の日が来てしまった。9千円も買って、たった900円の当選か。コンチクショー!8,100円の損だー!金返せー!もう、宝くじなんか二度と買うもんかー!ドブに金を捨てるようなもんだー!