オジサン NOW

還暦過ぎたオジサンのつぶやき

「3年ぶりの大腸検査」

明後日の13時から、大腸カメラ検査だ。検査の3日前から、消化の悪い繊維質の食べ物は避けるようにとのこと。海藻、豆類、納豆、ごぼう、キノコ類、みかん、ぶどうなどだ。腸の中に残って、カメラに映る邪魔になるからだろう。今日は、仕事なので晩飯はコンビニで、カップうどんを買って食べよう。オヤツは、プリンか羊羹だ。

検査の前日は朝から検査食になるので、明日の朝から専用の検査食セットを食べる。朝昼晩飯となっている。面倒なので、いつもこれを買っている。

そして、明日の朝7時から、大量の下剤を飲み始める。約3時間半もかけて、少しずつ休みながら飲み続ける。そして、何度もトイレに行って排便し、便の色を確認して、ほとんど色が無くなるまで続ける。

これが結構、つらい。美味くない下剤をイヤというほど大量に飲むのだから、「まだ、こんなにあるのかあ!」と何度も下剤の袋を見る。みんな、これが大変で大腸検査を渋る人が多いようだ。タイマーを目の前に置いて、指定された服用方法で飲んでいく。1回ずつ決められた容量を、10分程度で飲んでいく。

     

これが順調に終ると、昼12時頃に家を出て、12時45分までに受付し、13時から大腸カメラ検査になる。もちろん、胃カメラと同様に鎮痛剤を使ってもらう。今回は結果が気になるが、それまでは気持ちよく、寝させてもらう。この大腸検査は、下剤で一度、腸の中をキレイにするので、腸がリフレッシュされるようでいい。

それにしても、胃カメラもそうだが、鎮痛剤で気持ちよく寝て検査が終わって、1時間後に気持ちよく目覚め、着替えたりして診察室に向かって結果を聴くだけだから、非常に楽な検査だ。この年齢になったので、胃カメラ検査と大腸カメラ検査は毎年やった方がいいのかもしれないな。

「臭い話で、すんません!」

ここ半月ほど腹がゴロゴロ鳴って張り、ひどいと思っていたが、ひどいのはそれよりもガスの方だ。臭いし、とにかく、すごく出る。家に居てイスに座っていても、歩いても出続ける。💩がしたいのかと思うが、トイレに行っても💩は出ない。

仕事に行っても、出~る、出~る。各階の廊下を掃除をしているときは、さすがにドア一枚を隔てているだけなので、出そうなのを必死で我慢する。しかし、我慢していても思わず出てしまう。

そのときは、1週間ほど前にワックス掛けしたフロアーを、靴でこすって音を出し、サッとその場を立ち去る。ギュッギュッという音を出して、ガスの音をごまかす技だが、果たしてそう思ってくれるかどうか自信はない。

        

ずっと逆流性胃炎だったりして、腹の調子は良くなかったので、もしかしたら、胃ガンか大腸ガンの兆候ではないかと、心配してもいた。それで、胃カメラや大腸カメラ検査を受けることにした。

最近、思い当たることがあったので調べてみた。それは、毎回、朝昼晩の食事のときに飲むサプリで、「サラシア」という錠剤だった。血糖値の急激な上昇を防ぐものだ。Amazonで、そのサプリのレヴューを読んだ。

すると、「腹がゴロゴロして、ガスがよく出る」というのが数件あった。やはり、これだったのかと思った。よく分からないが、悪玉菌をやっつけたときに、悪玉菌がガスを発生するとか書いてあったと思う。この1袋がなくなったら、飲むのをやめるつもりだ。

実に汚い話しで恐縮だが、最近ずっと💩が便器に付いて、なかなか取れない。しかも臭いが強烈だ。これも、大腸ガンの兆候ではと気にしていたが、調べてみるとそれもあるが、植物繊維が足りなくて脂肪質の多い食生活が原因、とも書いてあった。酸っぱい臭いは、善玉菌が増えている証だという。ビオフェルミン錠を飲んでるからか。

最近、コンビニやスーパーの弁当ばかり食べていて、野菜も摂るようにはしていたが、まだまだ足りなかったのかと思う。最近、セブンイレブンやローソンで、野菜がたっぷり入ったボルシチや豚汁なんかが出ていて、もち麦を使ったにぎりめしなども出ているので、ずっと買って食べている。

高齢者にも適していると、人気だそうだ。確かに手軽だし、植物繊維を摂れるのでいい。これからは、少しでも植物繊維を摂ろうと思う。ガスや💩は、健康のバロメーターだ。

        

 

 

「コソ泥か?」

数日前に、いつもの病院に行って、3ヶ月間の血糖値の平均のヘモグロビンA1cを計ったら、7.9と前回よりも、0.3も上がっていて、今までの最高値になった。やはり、前職のときからの運動不足と、スーパーやコンビニの弁当が悪かったのか?思えば、調子に乗って、色んなラーメンを食べたからなあ。

間食もやめられなくて、毎日、なにかかにか食べてる。もう、中毒と言っていい。とにかく止められなくて、家になにもないときは、家中を捜しまわる。冷蔵庫の中から、ありそうなところを全部探す。

若い頃、ずっと勤めていた建設会社にいたときに、同年齢の現場代理人が2人いたが、2人ともアルコール中毒の一歩手前だった。まだ、30代だった。夜、アルコールがないと寝られず、冷蔵庫の中や家中を探し回ると言っていたが、それと同じようなものだ。

       

女房の菓子が居間や台所に置いてあるときは、コッソリ食べる。女房は、それが分かると激怒するので、分からないように、袋から少しだけ菓子を抜く。バレたときは「自分で買って来たらいいのに!」とか言って、罵声を浴びせてくる。夜、コンビニに行って同じものを買って返したこともある。

そんな屈辱的な言葉を浴びせられても、翌日からまた女房の菓子をまさぐっている。「今度はバレんぞ!」と。だから、女房の菓子が袋にたくさん入っているときだけ、何個か抜く。取ったことが分かるような、少ししかない菓子からは取らない。袋は元の位置から動かさず、中の菓子を奥の方から慎重に取るので技術がいる。

先ほど、AmazonのPrime videoで「我が名はキケロ ナチス最悪のスパイ」という映画を観た。英国大使館の執事をやりながら、夜中にこっそりと重要書類をカメラで写すのだが、スリル満点だ。女房の菓子を抜くのと同じだと思った。

         

というような、コソ泥かスパイみたいなことを毎回やっていると、こんなことをやるくらいなら、多めに買ってストックしておいた方がいいということになる。しかし、そうすると、まず間違いなく、その日の内にほとんど食べてしまい、翌日の血糖値はエライことになる。

だから、大量買いは絶対にNGだ。だいたい、毎朝、血糖値を自分で計っているので、前の日に食べたものの結果がハッキリ分かる。ということで、面倒だが、毎日コンビニやスーパーで、その日に食べる菓子しか買わないことにしている。

それが、早い時間に全部食べてしまったり、それだけで物足りなくなったり、買い忘れたときや、頑張って菓子を断とうと思って買わなかったときは、また冷蔵庫と女房の菓子を探し回ることになる。当分、スパイ活動は続く。

「守秘義務…。書かずにいられない。 その2」

数日後、玄関を入ってすぐのところにある郵便ポストの一つが壊れて、業者が修理に来た。その業者は工具などを、玄関ドアの片側のところに置いていたが、そのときにあのオジサンが入って来て、つまづきそうになった。みんなが出入りするドアは右側だが、オジサンは左側を使う。

すると、すごい剣幕で「こっちのドアも、みんな出入りするんだ!あー!ここに物を置いたらダメだろうが!あー!俺の言ってることが間違ってるか!あー!」と怒鳴る。自分はすぐ謝ったが、業者の人は黙っている。早く謝れと思ったが黙ってるので、怒っていて、これは喧嘩になるかなと思った。

そしたら、オジサンは今度は自分の方をすごい形相で睨んで、「あんた管理人か?あー!管理人なら注意しないとダメだろ!あー!」と言う。「管理人か?」って、もう2度も話して、仲良くなったじゃないですか?と思い、愕然とした。「僕ですよ、僕!僕のことを忘れたんですか?」と、心の中で叫んでいた。

オジサンが部屋に戻って行った後に、怒っているのかと思った業者の人に「あの人は、ああいう人なんですよ」と言うと、「これで、修理は終わりました…」と小さな声でボソッと言う。ビビッて、固まっていたようだ。一言「すみません」と言えば、まだオジサンの怒りはおさまったのに、それすら言えないほど凍り付いていたようだ。

     

ということで、あのオジサンはボケてるのかなあと思ったりして、少し憂鬱になった。すぐ前のことを忘れてしまうなら、少しずつ信頼関係を築いていっても、いい関係になるのは難しいのだろうか。「また、一からかあ!参ったなあ」と考えていた。

以前は、段々と話すうちに優しい目になって、笑って話したりしていたのに、すごい形相で睨みつけてきて、別人かと思うくらいだった。管理会社の担当者に、「もう一人、あのオジサンみたいな人がいるんじゃないですよね?」と確認したが、いないという。もう一人いたら、絶望的だ。

その後、以前働いていた老人ホームの受付をやっていたときのことを思い出した。あるとき受付に座っていたら、30代の女性介護士が、高齢のオジサンが座っている車椅子を押して、エレベーターから降りてきた。

介護士が「受付の人ですよ」とそのオジサンに言うので、こちらも「こんにちわ」と言った。すると、不機嫌そうな顔をしていたオジサンが、突然「ぶん殴るぞ!」とすごい目つきをして言った。あのときの目つきと同じだった。認知症のオジサンだった。

そのときに初めて知ったが、認知症の人は介護をする人によって、態度や対応がまったく変わるということだった。不誠実だったり、適当だったりすると、機嫌が悪くて言うことをきかなかったり、激怒して暴力を振るったりするそうだ。    

      

でも、誠実な人だと大人しく温厚になって、言うこともきちんときくらしい。認知症専門の介護老人ホームにずっといたという介護士が、「最初は大変だったけど、こちらが誠実にやっていると問題はないんです」と言っていた。認知症になると、人を見る目が鋭くなるらしい。

この車椅子のオジサン、その後、車椅子を押していた介護士を罵って、叩いたそうだ。その介護士は、数日後、辞めていった。後で、介護士の班長さんにその話をしたら、違う介護士に代わってから、オジサンは温厚になって、ニコニコして別人のようになったと聞いた。    

ちなみに、「そんな80歳のジイサンくらい、ガツンと言ってやらんかい!」と思っているあなたに、お耳に入れたいことが。前の管理人が辞める少し前の日報を、入社後に偶然読んだら、そこにはオジサンと揉め事があったときに、襟首をつかまれたと書いてあった。

また或るとき、オジサンが騒いで管理会社の担当者が警察を呼び、オジサンは暴れて公務執行妨害で、何日間か留置場にお世話になった、ということも管理会社の担当者から聞いた。オジサンは、その話も自分にしてくれた。「あいつ(管理会社の担当者)、すぐ警察呼ぶんだよ」と言うので、思わず吹き出した。

ということで、オジサンには裏表なく、誠意をもって接するしかないのだろうが、自分のように不誠実で裏表しかない者は、一体どうしたらいいのだろうか。悩むところだが、調子の良さしかないか。守秘義務とかなんとか言って、結局ここまで書いてしまったが、誰も関係者が見るわけでもないので、大丈夫だろう。

本当は、この話もまだまだ続きがあり、新たな出来事や新たな事実も出てくるのだが、キリがないのでこの辺でやめておこう。それにしても、多くの人がいるところで働いていると、色々なことがあるな。

「守秘義務…。書かずにいられない。その1」

しかし、毎日パッとしたことがないなあと思っているが、週3日のパートの仕事では、パッとしたことではないが、結構色々なことが起きている。これを書きたいなあと思うけど、会社には守秘義務とかがあるらしいので、躊躇して書かないでいる。

それでも、書きたいなあと思ってしまう。例えば、どこにでもいるクレームオジサン&オバサンのことだ。俗に言う「クレーマー」だ。それで、今の勤め先にも有名な人がいる。管理会社の担当者から、初日に注意しろと教えてもらった。そして、その洗礼をもう3度ほど受けている。

最初は(といって書いているが)、管理人になって初めての日の朝、管理人室のドアを勢いよくドンドンと叩く人がいて、出て行くとそのオジサンだった。えらい剣幕で、ある部屋に工事が半日入るという、掲示板に貼ってある通知書を持ってきた。

その日にちが間違っていて、前日になっていた。それで「これを見ろ!あんたの会社はこんないい加減なことをやる会社なんだぞ!」と言う。こちらは、ただひたすら「すみませんでした」の繰り返しだ。ただ、自分に怒っているより、会社に対して怒っているので少しホッとした。

「そうですよね。これはマズいですね。これから気を付けます」と謝るしかない。その内、「あんたの会社はこんないい加減な会社なんだぞ!」と捨て台詞を残して去って行った。そんなに怒らなくてもいいのにと思ったが、これがクレーマーだ。

その後、3月初めだったので、まだ雪が少し残っていた頃に、玄関前の自転車置き場のところの除雪をしているオジサンがいたので、挨拶した。すると、黙ってこちらをずっと睨んでいて「本当は、これはあんた達がやることじゃないのか?」と怒って言う。あのオジサンだった。マスクに、防寒帽をかぶっていたので分からなかった。

「すみません。そうですよね」と言って、ずっとオジサンが文句を言うのを、10分ほど聴いていた。その内、そのオジサンが「こんな会社の下で働いていたら、あんたの経歴に傷がつくぞ!」と言うので、(もうすでに傷だらけですわ)と心の中でつぶやいた。

そして、サッサとこんな会社を辞めて、違う管理人の仕事を紹介してやると言う。ホンマかいなと思ったけど、「ありがとうございます」と言って聞いていた。段々と、風向きがそっちの方になったので、しめたと思っていた。

ただ、除雪はやらないとならないので、「僕もこの後、すぐやります」と言うと、オジサンは「いや、あんたは体が弱そうだから、やらなくていい」と言う。失礼だなと思ったけど(笑)、これまたしめたと思って「そうなんですよ。腰も悪くて…、エヘヘ」と言った。腰が悪くて、腰を曲げて歩いているのが、こういうときに役に立つとは。

その後の日も、各棟の掃除が終わってから、またオジサンが除雪をしていたので、自分もすぐやりますと言うと「いや、いい。あんたはゆっくり休んでいろ」と言う。俺は元は土木関係で仕事をしていて、この道のプロだと言う。案外、いい人だなと思った。

「あんたは何歳だ?」と聴くので、66歳ですと答えたら、「俺は何歳に見える?」と言う。本当は管理会社の担当者から80歳以上だと聞いていたが、「僕より少し上くらいですか?」と言うと、嬉しそうに笑って「81歳だよ!」と、どうだという風に言うので、「エエー!本当ですか!信じられない!」と自分が言うと、誇らしげに笑った。

我ながら、まったく調子いいなあと思うけど、まあこんなことも世の中を生きていくには必要だ。そして、オジサンは「俺は、毎日鍛えてるからなあ」と言うので、体を触っていいですかと聴くと、いいと言うので腕と足を触った。すごい筋肉で驚いた。本当は、アソコも触って「ここは、どうですか?」と言おうと思ったが、それはもっと親しくなってからだ。

そのあと、オジサンは自分の部屋の玄関まで案内して見せてくれた。これでもう、オジサンとの関係はバッチリだと、ひと安心した。しかし、世の中、そうは甘くはなかった。 次回につづく。

「納豆には砂糖でしょ?」

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小さい頃から自分の実家では、納豆に砂糖をかけて、醤油を少し垂らして混ぜ混ぜして食べていた。これがなんとも美味しくて、ご飯の上にかけて食べると食が進んだ。この食べ方が普通だと、社会人になるまでずっと思っていた。普通だと。

ところが、納豆を食べる人のほとんどが砂糖をかけてなくて、そのまま混ぜて食べたり、納豆に付いてくる変なタレとかをかけて食べているので、すごく驚いた。孫も大好きで、そのまま「美味い、美味い」と言って食べているのが、信じられなかった。

自分が「砂糖をかけないと、納豆は食べられない」と言うと、みんな一様に「えー!」と言って顔をゆがめる。まるで、自分がゲテモノを食っているかのように。「信じられない!」と言う人もいた。信じられないのは、こっちの方だ。

それで、「納豆 砂糖」という言葉でネット検索して調べてみた。すると、そうして食べるのは、北海道と東北に集中しているということが分かった。最も多いのが新潟で、次に北海道、そして山形ということらしい。

それじゃあ、北海道にもそういう人が多いはずなのに、自分の周りでほとんど聞いたことがないというのは、一体どうしてだろう。みんな、「えー!」と言う。格好つけてるのか? いや、そんな問題ではないな。やはり、北海道でも砂糖をかけて食べる人は限られているのか、少なくなっているのかもしれない。

考えてみたら、自分の実家では、母親がこの食べ方を持ち込んだようで、それで、それが普通になった。しかし、こんな美味い食べ方を知らないなんて、もったいないと思う。一度、試しにやってみて欲しいが、美味いと思うか、吐き出すか、どちらかだろう。

北海道の赤飯には、甘納豆が入る。そして、赤飯に少量の塩をかけて食べると、これがまた「なまら、美味いんでないかい!」となる。この、赤飯に甘納豆を入れるのも、北海道独特の食べ方らしい。東北はどうか分からないが、寒いところは食べ物を何でも甘くして食べるようだ。

自分の父親は、インスタントコーヒーに砂糖を5杯くらい入れて飲んでいた。会社の部下に「すごく美味いコーヒーを御馳走する」と言って、いつも通り砂糖5杯のコーヒーを出したことがある。部屋を出た部下が、「甘くて、飲めたもんじゃないな」と笑っていた。

自分もコーヒーに砂糖を入れなくなったのは、2年くらい前からだ。セブンイレブンの、粉を機械で抽出して飲むアイスコーヒーを飲んでからだ。初めて、ブラックが美味いと思った。それからは、ずっと砂糖なしのブラックで飲んでいる。納豆は、砂糖なしでは絶対に無理。

「感動した道内の景色、ベスト3」

北海道内は、ほとんど行っている。ただ、サッとしか見ていないところも多く、釧路、根室、知床、襟裳岬、日高、帯広、函館などがそうだ。釧路と根室は仕事で一度行っただけで、その様子はほとんど覚えていない。当時は、街の様子や景色を見る余裕がなかったのかもしれない。

だから、ジックリと道内を観たわけではないので、まだまだ他にも素晴らしいところがあるのだろう。そういうわけで、自分が今まで観た、限られた範囲の中だけだが、感動した景色を思い出してみた。

まず、ベスト3から。自分の子供達が小学校の夏休みのときに、キャンピングカーを借りて、日高方面から襟裳岬まで行ったことがある。そのときに、日高の途中にある静内町の「二十間桜並木」というところに行った。左右の桜の並木道の幅が二十間(36メートル)あるので、そう呼ばれている。

桜の時期は、とうの昔に過ぎていた。道路の両脇にずっと並んでいる桜の木のさらに奥は、牧場になっていた。自分達が行ったときは、誰もいなくて、枯れ葉が道路に落ちていたが、それがまたなんとも趣があって、子供達は辺りを走り回り、家族みんな大喜びだった。 二十間道路桜並木

当時の写真が見当たらないので、新日高観光協会のHPから借りた。

ベスト2は、5年前に女房に誘われて行った大雪山だ。「大雪山旭岳ロープウエイ」という、標高1100mの旭岳の「山麓駅」から、標高1600mの終着駅「姿見駅」を結ぶロープウェイに乗った。この姿見駅から、雲の下の下界を見下ろすことになるが、自分が行ったときは、スゴイ雲海だった。

姿見駅に着いて、360度を見渡すと壮大な景色に感動する。これほどの景色が、北海道にあったのかと思った。ロープウエイで片道10分ほどなので観光客も多く、結構賑やかではある。腰の悪い自分でも簡単に行けるので、また行ってみたいと思っている。

大雪山旭岳ロープウェイ

これも写真が見当たらず、「大雪山旭岳ロープウェイ」のHPから拝借。

そして、ベスト1は、羅臼岳の紅葉だ。30年前に仕事で根室に行ったときに、帰り道に羅臼岳を通った。ちょうど紅葉の時期だったようで、道路のすぐ右横にある目の前の山全部が、真っ赤に染まっていた。まるでゴッホの絵のようだった。山一面が燃えているような赤で、唖然とした。あれほどの紅葉は、いまだかつて見たことがない。

残念ながら、その写真は観光協会が見あたらなくて、個人のHPらしいところに写真はあるが、問題があると困るので使わないことにした。それと、不思議だが自分が30年前に観たような紅葉の写真がなかった。年月が結構経っているので、道路が変わった可能性もある。興味のある方は、ネットで検索すると、周辺の紅葉の写真が見つかる。

それにしても、普段から写真を撮る習慣があまりないので、こういうときに困る。ただ、写真では味わえないものがある。肉眼ではかなりの範囲が見えていて、その感動を写真に残そうといつも思うが、実際に撮ったのを後で見てみると、はるかにスケールが小さいものになっていて、ガッカリする。広角レンズでないと無理なのか。

それを考えると、人間の目というのはすごいものだといつも思う。これから、この目でどれだけ素晴らしい景色を観れるのだろうか。

「3年ぶりの、胃カメラ検査に行って来た」

今日、3年ぶりに胃カメラ検査に行って来た。その前は、毎年検査に行っていた。ここ7年くらいは同じ病院で検査している。普通の病院の胃カメラ検査では、ゲーゲーがひどくて、ひきつけのようになり、心臓が弱ければ一気に逝くんじゃないかというくらいのダメージを受ける。嫁も同じで、毎回ひどい目にあうそうだ。

以前、市内の個人病院で、自分も嫁も胃カメラ検査を受けて、えらい目にあったことがある。中2階のところからガラス越しに先生が胃カメラを操作していて、診察台に横たわっている患者に、胃カメラで写している胃の中の様子を、診察台の頭上に付いているディスプレイを見ろと言って、ゆっくりと説明する。

こっちが、ゲーゲー言って苦しんでるのに「はい、ここをよく見て下さい。少し赤くなってますね。はい、もっと先の方を見てみましょう。ここはそうでもないですね」とか延々と説明するので、「いいから、サッサと終わらせろー!」と心の中で叫ぶ。延々と続いて、終わる頃にはもうヘトヘトになっていて、二度と来るもんかと思った。

嫁もまったく同じことを言っていて、どこの病院で胃カメラ検査を受けても、喉に強い麻酔をしてもらっても、ほとんど効果がなくてあきらめていた。それが、あるとき偶然に今の病院で胃カメラ検査の直前に、鎮痛剤を血管に入れるという方法があるのを知って、やってみた。

これがもう大当たりで、とにかく診察台に横になって、鎮痛剤を血管に入れるとすぐ気持ち良くなって寝てしまう。そして、1時間後に仮眠室でパッと目が覚める。熟睡した後のように、なんとも気持ち良く目覚める。胃カメラ検査は全て終わっていて、後は診察室に呼ばれて、結果を教えてくれるだけだ。

今回は鎮痛剤を入れられて、看護師さんに「少しピリピリしますよ」と言われて、そうだなと思ったときから記憶がプツッとなくなった。記憶がなくなる前の、あの心地良い瞬間をもう少し味わいたかったのだが、我慢できなくて瞬時に眠りに落ちたので、少し残念だった。

起きると、カーテン越しの隣のベッドのオヤジのイビキがひどくて、すっかり目が覚めてしまった。女房も以前、この仮眠室で胃カメラ検査の後で、隣のベッドのバアサンがひどいイビキだったので頭に来て、「うるさーい!」と怒鳴ったそうだ。それで静かになったそうだが、自分には真似できない。

自分と同じように、胃カメラが全然ダメな人が結構いるようで、この話をすると信じられないという顔をして、「一度、行ってみようかな」と言う。苦しいゲーゲーがなくなるどころか、気持ちよくなるんだから最高だよと薦めてる。

今回の検査の結果は、やっぱり、逆流性胃炎で胃の中が赤くただれていた。でも、癌でなくて良かった。ポリープも大きいのはなくて、まだ大丈夫だと言われた。薬ももらったし、これで少しホッとした。次は今月27日の大腸カメラ検査だ。

「究極の机」

昔から、いつか素晴らしい机が欲しいと思っていた。いい木目が出ていて、木の臭いや感触が伝わるような机だ。昔、「サライ」という雑誌で「一生付き合う机を探す」という特集ページがあり、それを切り抜いてずっと持っている。最近、ファイルを整理していたら、それが出て来たので見ていた。

ため息が出るような素晴らしい机ばかりで、いつか金が貯まったら買いたいなあと思っていたが、価格もため息が出るほど高く、自分の希望する仕様だと80~100万円くらいになりそうだ。この特集ページに出ている、自分がいいなあと思う机のサイズは、長180×幅67×厚4.5㎝。材質は天板が水目桜、引き出し箱も水目桜だ。

古い雑誌「サライ」の画像を撮影。素晴らしい木目だ。ずっと頬ずりしたい。 

引き出しも素晴らしい。鉄くぎを使っていないそうだ。

とにかく素晴らしい木目で、とても美しい。頬ずりしたくなる。机の天板には、木目が立っていなくて、全体が硬い木が適しているそうだ。桜、桂、栃、朴などだ。栗の木などは、ボールペンの跡がつくほど柔らかいので、天板には適していないそうだ。それでも直接、天板を下にして書かなければ問題はない。自分は、楢の木がいいと思っている。

手作りの机で、鉄の釘を使っていなければ、100年以上は使えるそうだ。鉄は80年が限界だそうだ。もちろん、そんなに使えても、それまで生きてはいないのだが。塗装は「拭き漆」がいいと思っていたが、「拭き漆」は直射日光が当たると、艶も強度も落ちるそうだ。机の天板には、あまり向いていないようだ。

以前から、何度か見に行ったことのある、車で20分くらいのところにある当別町の家具工房「旅する木」では、仕上げはサンダーを使わず、カンナで仕上げて、塗装はこの地域名産の亜麻仁油も使っている。亜麻仁油で塗装している見本の机を何度か見たが、すごくいい感じだ。

ということで、いつかこの工房で、自分仕様の机を作ってもらいたいとずっと思っていた。引き出し箱も含めると、価格的にはやはり80万円前後になりそうだ。ただ、それくらいの金があれば、机よりも他のことに使ってしまいそうだ。今は、両親が実家の居間でずっと使っていた大型の座卓に脚を足して、机として使っているが、形見ということもあり、ずっとこのままだろう。

「”こころの処方箋” 河合隼雄」

河合隼雄氏は心理学者で、元文化庁長官でもあった人だ。若い頃にスイスのユング研究所に行き、日本人として初めてユング派分析家の資格を得ている。村上春樹氏との対談本をこの前読んだが、難しくてよく分からなかった。(笑)

30年ほど前だったと思うけど、この河合隼雄氏の書いた「こころの処方箋」という本を買ったが、今も時々読んでいる。心理学者でカウンセリングもやっていただけあって、かなり深いところについて書いてあり、すごく読み応えがある。印象に残った章が、たくさんある。

「ふたつよいことさてないものよ」、「100%正しい忠告はまず役に立たない」、「理解ある親をもつ子はたまらない」、「灯台に近すぎると難破する」、「己を殺して他人を殺す」、「男女は協力し合えても理解し合うことは難しい」、「ものごとは努力によって解決しない」等など、まだまだ興味深い章がある。

この本は、河合隼雄氏の著書の中では一番分かりやすい本だと思うが、それでいて内容が非常に深いので、何度も何度も読み返している。かつて、夫婦関係で悩み、孤独だと思っていたときに、この本の「1人でも2人、2人でも1人で生きるつもり」という章を読んで、成程なあと納得したことがあった。

この本は、自分にとっては非常に大切な本だ。自分が持っているのは、大きな字の単行本だが、買ってから随分と経ち、汚れもひどくなっているので、新たにAmazonで「非常にいい」程度の中古本を注文した。送料も含めて¥420円だった。この本も、自分の宝物だ。