オジサン NOW

還暦過ぎたオジサンのつぶやき

「水道が、しばれた!」

1月30日は、自分のパートの月・火・水曜日の最初の曜日だが、結構な寒さだった。管理人室に入ると、土日は管理人はいないからストーブをつけないので、冷え冷えとしていた。そして、水も凍結したらまずいので、夜帰るときは元栓を落としてから帰っている。今回は、1月27日の金曜日にもう一人の管理人が、帰るときに水を落とした。

それで、1月30日の月曜日に自分が朝来て、その元栓を元に戻して水を出した。しかし、トイレの水は出たが、台所の蛇口から水が一向に出てこない。凍結してしまったのだ。これはまずいと思って色々考え、お湯を沸かして蛇口にかけるしかないと思った。

しかし、その水はどうしようかと考えていたが、使用後にトイレの便器の上から流れる手洗いの水を使おうと思い、コップに何度も汲んでヤカンに入れた。そうして、お湯を沸かすことに成功した。

そして、お湯を蛇口にかけるのだが、2日前のテレビで「蛇口にお湯をいきなりかけると、破裂する場合があるのでダメ」というのをちょうどやっていた。それで、どうするかというと、タオルを蛇口全体に包んで、その上からタオルにお湯をかけるということだった。

           

それをやってみて、また仕事に30分ほど出た。戻ってから、タオルに包まれた蛇口をひねってみたが、相変わらず、うんともすんとも言わない。仕方ないので、また後でお湯を沸かしてかけてみようと思っていた。すると、約30分後に蛇口からポトポトと水が落ちてきて、そして数分後にチョロチョロと水が出てきて、ついにジャーっと出た。

凍結したのは、水落としの方法が悪かったのかと、もう一人の管理人とラインで連絡しあっていた。しかし、しばらくしてから衝撃の事実を知った。当日の江別市の最低気温は零下26.6℃で、なんと江別市の観測史上最低の気温だった。

今までの江別市の最低気温は、2008年1月17日に観測した零下26.1℃とのこと。15年ぶりに更新したのだ。それなら、水道が凍結するわけだ!ちなみに、自分の故郷の同じ1月30日の気温は、零下28.7℃だった。江別市よりも、更に2度低い。そこでずっと育ったので、こんな寒さは大したことはない。(自慢して、どうする)

下のイラストは「百葉箱 ひゃくようばこ」と言って、外の気温をなるべく直射日光の影響や雨などの影響がないように測るために作られたものだ。各地の気温も、これで測るようだ。自分が小学生の頃、テレビで全国の最低気温ということで、北海道の内陸部の町がよく出ていた。

しかし、当時、自分の故郷には百葉箱がなく、公に発表されなかったが、実際にはその最低気温よりも下回っていた、という伝説がある。(自慢して、どうする)             

          

「やっとこさ、ピアノの練習だ~!」

ついに、とうとう、やっとのことで、ピアノの練習を始めた。ピアノと言っても、電子キーボードだが、去年の中頃から用意をして、電子キーボードや教則本を3冊も買っていた。準備万端だった。

ところが、老人性うつ病のせいなのか、ギターのときと同じで、弾こうとすると体が前に進まない。金縛りにあったように、体が動かなくなる。以前、エレキ・ベースギターとベース・アンプを買って、教則本も揃えたこともあった。これも、やっと数回弾いたが金縛り?または石化して固まり、弾けなくなって断念した。       

             

今回こそ、なんとしてでも大好きな音楽を演奏して楽しみたい、という夢を叶えようと思って、数日前にやっと教則本に沿ってやってみた。まず、右手でメロディのパートを弾くのを練習し、次に左手のパートの練習をし、そして両手同時に演奏するという練習だ。      

右手と左手が別々の動きをするというのは、想像しただけで至難の業で、自分にできるのだろうかと思ってやってみたが、やはり難しかった。しかし、この最初の簡単な演奏は、何度も練習すれば何とかなりそうだ。無理をせず、少しずつ、少しずつ。  

       

この演奏曲は、自分が小学生の頃から大好きだった「埴生の宿」のイントロなので、取っ付きやすかった。この教則本は「DVD一番やさしい すぐ弾けるピアノ・レッスン」という本で、DVDで演奏を見て確認できるのがいい。この教則本に入っている、18曲の楽曲を弾けるようになったらすごいことだ。

60代や70代からピアノやキーボードを始める人が、かなりいるらしい。自分で演奏してみたいという夢や、ボケ防止にもなるということで始める人もいるという。確かに、以前自分が何度も通おうと思っていた、高齢者対象のキーボード教室は、いつも募集と同時に満員になって、とうとう受講できなかった。          

このまま、なんとか金縛りにあわないで、続けて行けたらいいと思う。そうしたら、絶対に楽しくなるんだろうけどなあ。いつか、ピアノの個人レッスンを受けるのが夢だ。そして、美人の先生に教えてもらうのだ。楽しみが倍増すること、間違いなしだ。「長生き出来そうな、気がする~♪」(天心木村、風)

        

           

 

「再び、遠藤周作に」

学生の頃から、遠藤周作の本を愛読している。しかし、そのほとんどは難しいものではなくて「狐狸庵」シリーズのエッセイで、くだけた内容のものばかりだ。これがとにかく、どれも面白くて可笑しく、今までこれほど声を上げて笑った本はない。

いつの間にか、お袋も自分の部屋にあった遠藤周作の本を読んでいたのか、「あの話は可笑しいよね」なんて言って、2人で大笑いしたことがあった。前に何度も書いたが、学生のときに親父と叔父さん達から「せっかく東京に用事で来たのだから、帝国ホテルのバイキングを食べに行こう」と誘われた。

自分は早く着き過ぎて、ロビーと隣の建物を繋ぐ廊下のベンチで、遠藤周作の本を読んで待っていた。少し経ってから、「やあ、お待たせ!」という聞いたことがある男性の声が左側から聞こえ、若い女性が笑って右側に立っていた。顔を上げて男性を見たら、遠藤周作その人だった。自分は、ただ2人が去っていくのを茫然と見ていた。

すぐ後で、その話を父親と叔父にしたら、叔父が「サインをもらっておけば良かったのに!まして、ちょうど遠藤周作の本を読んでいたんだから」と言ったので、そうすりゃ良かったなと、後々まで悔やんだ。でも、あの時、本人をすぐ目の前で見れたという偶然は、なにか不思議な縁があったのか。

          

遠藤周作の難しい本は、40歳を過ぎてからも何冊か読んだが、よく分からなかった。「沈黙」も「深い河」も「海と毒薬」も読んだが、正直、あまり分からなかった。自分の未熟さゆえなのか、難しい本は苦手なのか。それよりも、「狐狸庵」シリーズの本で、人生の色々な大切なことを学んだような気がする。

そして、最近ずっと三谷幸喜の本にハマってずっと読んでいたが、これほど楽しく読めたのは、遠藤周作の「狐狸庵」シリーズ以来だった。三谷幸喜のシリーズ最後の本を読んでいたら、三谷幸喜が遠藤周作のエッセイの大ファンだったと書いてあり、驚きと同時に、感慨深いものがあった。なにかが、繋がっている。

それと、三谷幸喜の本の表紙は和田誠だったが、「狐狸庵」シリーズの表紙も和田誠だったことも、そのとき分かった。あの愛着のある懐かしい表紙が、和田誠だったのだ。そして、和田誠の親友が、自分が好きな横尾忠則だった。これまた、なにかが繋がっている。

下の2つの本の表紙は、どちらも和田誠が書いている。和田誠のイラスト集を最近見たが、素晴らしくて感動した。自分も、こんなイラストが書けたらいいなあと思った。三谷幸喜は、若い頃、大ファンだった和田誠のイラストを模写したそうだ。

三谷幸喜の本をすべて読み終わり、また読むものがなくなって困っていたが、再び昔の「狐狸庵」シリーズを読んでみようと思って、Amazonで探して中古本を買った。若い頃に、ほとんど買って読んでいたので、だいたい内容は覚えているけど、何度読んでも面白い。また、以前と同じように声を出して笑った。

かつて持っていた遠藤周作の本は、すべて処分してしまったので、また同じ本を買い求めている。Amazonで中古本を探して4冊、ブックオフでも3冊買った。改めて読んでみると、読者を惹きつける独特の文章がすごいと感心した。そして、当時は理解できなかったことの意味が、今は分かる。

こんな人は、もう出てこないのだろう。約30年の時を隔てて、また遠藤周作に戻って来た。

『「ゆっくり動く」と人生が変わる 小林弘幸』

昨年買った本『「ゆっくり動く」と人生が変わる』は、すごく良い本だった。これは、啓蒙書と違って実践書だ。著者は順天堂大学医学部教授で、日本体育協会公認のスポーツドクターだ。芸能人からスポーツ選手まで、色々な精神面の相談に訪れているようだ。

この本の面白いところは、精神論ではなくて、まず「ゆっくり動く」という、形から入ることを薦めているところだ。そして、それが結果として、深い呼吸の腹式呼吸になり、呼吸が整って自律神経のバランスも整うことになるという。

「腹式呼吸法や丹田呼吸法がいいと言われるが、それを実践できている人は非常に少ない。そして、その呼吸法を意識すると、それ自体がストレスになって、かえって自律神経のバランスが乱れる」と書いてある。

「必要なのは、特に呼吸を意識しなくても、いつの間にか呼吸がゆっくり深くなっているような方法で、誰もがいつでもどこでも、手軽に実践できる最高の方法が”ゆっくり動く”なのです」と。

         

これを、去年の中頃から家庭でも職場でも実践してみた。結果は、ずっと続いていた女房とのギスギスした会話が穏やかになり、パートの仕事でも上司や入居者に対して、落ち着いて対処できるようになった。その効果に驚いたが、ただ、続けないと元に戻るので、今も習慣になるまで意識してやっている。

自分の今までの経験では、苦しんでいたり悩んでいるときほど、呼吸が乱れて早くなっている。イライラしたり、怒っているときは、かなり早い。逆に調子の良いときは、呼吸がゆったりとしている。気功や座禅の偉い先生が「呼吸がすべて」というようなことを言っているのは、そんな深い意味があるのだろう。

自分としては、スローモーションまで行かないが、ゆっくりと歩き、ゆっくりと食事をし、ゆっくりと家事や仕事をするように心がけている。ゆっくり動くことで、気持ちが落ち着いてきて、考え方も明らかに変わって来る。不思議だが、理屈が通っている。

 

 

「ご馳走してくれるなら…」

自分が働くマンションに、高齢男性の入居者Yさんがいる。去年からこのマンションに越して来たようで、今は月火曜日とデイサービスに行っていて、朝方、自分が掃除に出るときに、エントランスでいつも顔を合わせる。年齢は83歳とのことで、足が少し悪いようだ。

このYさんは感じが良くて腰が低い人で、挨拶をするといつも「大変ですね。ご苦労様」と声をかけてくれる。Yさんは出身が江別で、ずっと農家をやっていたがやめて、去年このマンションに一人、移り住んできたそうだ。

そのYさんに自分も出身地を教えたら、後日、「私の同級生Hが昔、江別の土建屋に勤めていて、営業であなたの出身地に何度も行っていたことがあり、懐かしいのでいつか、あなたの出身地のことで、話を聴きたいと言っています」と言う。

そして、自分が館内を巡回していたときに、突然、そのHさんから電話がかかって来た。巡回後に、こちらから電話をした。仕事がもうすぐ終わるので、終わって自宅に着いてゆっくりしたら、こちらから電話をすると言った。

          

すると、「いや、私から電話をします」と言う。そして、家が近いことが分かると、「近くでコーヒーでも飲みながら会いますか?」と言い、「仕事が終わってからでも会いませんか?」と言う。自分は、仕事が終わってからだと疲れて会いたくないので、「月火水と仕事なので、それ以外の曜日なら大丈夫です」と言った。

ところが、ウヤムヤな返事で、それだとまずいのか、今度は「あなたが仕事帰りに、友人のY氏を車に乗せてきて、3人で会いませんか?」と言う。帰りは、H氏が友人をマンションまで送ると言う。どうしても、自分の仕事帰りに会いたいらしい。しかし、なんで自分が仕事帰りにY氏を、自分の車に乗せて行かなきゃならんのか。

当初は、電話で話すだけと思っていたのに、そのうち近くの店でコーヒーを飲みながら、そして友人Y氏も一緒に3人でと言うが、3人で話してどうなんだと思う。第一、80歳を超えると、だいたい誰しもボーっとしてくるし、耳も遠くなるし、会話がまともに進まない。楽しいわけがない。

      

80歳以上のジジババともなると、ほとんどがそうだろう。こちらが「体調はどうなの?」と聴くと、「天気はあまり良くないねえ」というような返事が返って来たりする。話が噛み合わないから、相手に合わせて適当に話をするが、挨拶以外はまずキチンとした会話が成立しない。

今回のH氏も電話で話していて、少しそんな感じがしたし、Y氏もそれに近い。その2人に囲まれて話をしていて、果たして楽しいのか?会話が弾むどころか、一方的に相手の話を聴くだけで、苦痛でしかない。しかも、年寄りは同じ話ばかりするんだな、これが。

「無理はしない。嫌なことはしない」というのが、今の自分のモットーだ。仕事が終わってから、孫を預からなければならないとか言って、なんとか電話だけで済ませようかと考えている。ただし、寿司でもご馳走してくれるというなら、話は別だ。どこでも行くぞ。話が噛み合わなくても、最後は適当に話を合わせる自信はある。

しかし、83歳のオヤジと67歳のオヤジでは、16歳も歳が離れているので接点も少なく、話すことは知れている。だから、いずれもうすぐ、自分もこういうことになるのだろうと思う。息子や孫が「ご馳走してくれたり、なんか買ってくれるなら、会うけどね」と言うのだろうな。今も、そんなもんか。

「今季、一番の大雪」

一昨日の夜から、ずっと降り続けた雪でかなり積もった。昨日は、自分が仕事が終わって帰る午後5時頃までは吹雪という感じだったが、女房が帰ってくる午後7時頃になると荒れに荒れて暴風雪になり、「帰ってくる途中に、ホワイトアウトのようなのが3回もあった」と言っていた。

それから、ずっと今朝まで続き、外の空が明るくなる午前7時頃になると、吹雪が嘘のようにピタっと止まった。家の2階の窓から外を見ると、市の除雪車は入っていて、大体の道路の除雪は終わっていた。そして、それから個人で頼んでいる除雪の業者が来て、家の周りと車の周りをギリギリまで、キレイに除雪してくれた。

後は、朝食を食べて顔を洗ってから、家の玄関と車周りの除雪だ。風がすごかった割には、雪は案外それほど多くなかった。風の音は、ゴーゴーと昨晩から今朝まで続いていた。しかも、最低気温をマークしているようで、とにかく風が肌を刺すように冷たい。

        

裏の除雪が大変だ。物置のドアなどは、一昨日の昼までは開けれるようになっていたのに、今朝見るとドアの半分まで雪が積もっていた。ということは、一昨日から今朝までに90センチくらいは積もったことになるのか。今週の休みは、雪かきに追われそうだ。

それにしても、雪かきがしんどくなってきた。去年はまだ、そうでもなかったが、今年は動悸はするし、少しやっただけで疲れるし、またどこか体が悪くなったのかと思っていたら、近所の自分より年上の2人のオジサンたちも、全然、体が動かなくなったと言ってた。そして、みんなで「今年は、業者に除雪を頼んで本当に良かったなあ」と。

 

「無理をしない! 嫌なことはしない!」

ブログは、本当に書きたいときだけ書くようにした。少し前にちょっとの間、記事を休んでいたが、そのまま書く気が起きなかったら、このままブログをやめようかと考えていた。しかし、この辺がアマノジャクで、少し書かないでいると、急にまた書きたくなった。でも、またどうなるか分からない。仮にやめたとしても、どうせ、ごくわずかな読者数なので、誰にも気づかれず、静かに老兵は消え去るのみだ。

色々なブログの「読者になる」も整理して、本当に興味があるものや、賛同するブログだけに絞った。お互いに義理で見たりするのも止めようと思って、解除した。お互いに、関心のない記事を義理で読み続けても仕方がない。印刷された年賀状が相手から来るので、仕方なくこちらも印刷した年賀状を毎年送るようなものだ。義理チョコもそうだろう。

       

結局、本当に関心があって読みたいブログが5つほどになり、非常にスッキリして気持ちが楽になった。一種の断捨離か。今は「無理をしない」、「嫌なことはしない」ということをモットーにしているが、これらもそういうことになるのだろう。

今まで悩んだときに、啓蒙書を随分と読み漁ったが、60歳を過ぎるあたりから、書店で啓蒙書の表紙を見ただけで、「もう、いい!」と思うようになった。確かに、そのときは役に立って救われたが、その後すぐに忘れてしまうことがほとんどだ。結局、今は頭で色々と考えてもキリがないということが分かってきた。

それもあって、「無理をしない」「嫌なことはしない」と、自然に思うようになった。自分は調子が良くて、八方美人で、いい加減なのに、変なところでクソ真面目で格式張ったところがある。「これをやらなければならない」、「いつまで、やらなければならない」、「こうしなければならない」なんてガチガチに思い込んでしまう。そして、それに追い立てられ、精神的にいっぱいになって、潰されそうになる。

       

それが、今は「本当に今、やらなきゃならないの? 明日でもいいんじゃないの? いや、もっと後でもいいんじゃないの? もしかしたら、俺がやらなくてもいいじゃないの?」と考えるようになった。そして、「なんとか成るもんだ。無理しちゃイカン」と思うと、体から力が抜けて気が楽になる。

今まで、自分で自分の首を絞めていたような気がする。そんな自分に気づいて、「もっと適当で、もっといい加減でいいんじゃないの?」と思うようになった。本来はそれほどキチンとした人間ではないのだが、なんでもクソ真面目に考え過ぎるところがある。

しかし、この歳になってこんなことがやっと分かって来たのかと、我ながら溜息が出るが、それが人間なのだろう。周りの同年齢やそれ以上のオヤジ達を見ても、どれも似たようなもんだ。そんな自分を、これから徐々に改造して行くことにした。改造人間 ”オジサンダー67号”だ。                    

          

「管理人のボス、Nさん」

自分がパートで働いているマンションには、自分と同年齢の管理人O氏の2人の管理人がいる。しかし、さらにもう1人、影の管理人がいる。それは、70代?(年齢は怖くて聴けない)の女性入居者のNさんだ。昔、法務局で事務をやっていたそうだ。

この人は、自分とO氏がこのマンションに来る数年前から、ごみ置き場のペットボトルや缶や瓶の選別や、燃えないゴミの選別、段ボールの梱包などを自主的にやっていた。だから、自分たちよりも色々なことを知っている。

土日は管理人は休みなので当然ゴミは溜まる。それで、月曜日のゴミが大変なのだが、それをNさんがほとんど仕分けしてくれる。だから、その仕分けした内、空き缶と空き瓶と段ボールと雑誌だけは、資源回収業者に売るので、自分ともう一人の管理人は、それを別の部屋に移動するだけで済む。仕分けがないとかなり楽だ。

        

ペットボトルは市で回収するが、キャップを取ってラベルをはがさないと回収してくれない。その作業が大変で、飲み残しの飲料水で手がベトベトになる。空き缶と空き瓶も混在して捨てるバカも毎回いるので、それも仕分けするのも大変だ。

それをNさんは、ほとんどやってくれている。まさしく、救いの神だ。一時期、Nさんも体調が悪くてやらないことがあったが、そのときは大変だった。しかし、これが本来の自分たちの仕事だと思ったが、Nさんの有難さが改めて分かった。

そして、この雪だ。Nさんは、朝、除雪車が来る5時前に外に出て、マンションの入り口やゴミステーションの前や駐車場の通路などの雪を、除雪車が持っていきやすいように集めている。しかも、その他にも雪の積もった日は、1日に何度も外に出て、雪かきをしてくれる。その姿には、後光がさしている。

        

だから、Nさんには毎回、お礼を言っているし、「無理はしないで下さいね」と何度も言っている。この前、風邪で寝込んだことがあり、お見舞いの果物を持って行ったが、Nさんがいなくなると大変だ。

Nさんは、ゴミを適当に捨てる者には厳しく、見つけると「ちょっと!そのゴミ、ダメだよ!誰が仕分けすると思ってんの!」と注意して、持って帰らせる。この前は、入居者以外の者が捨てに来たのを見つけて「あんた!なんで捨ててるの!ここは入居者以外は捨てたらダメでしょ!」と言うと、相手の男性はオロオロして逃げ帰ったという。自分はなかなか、そこまで厳しく言えない。

その後、我が家の町内のゴミ捨て場の前に車を停めて、車からゴミを降ろしている不審なオヤジを見つけた。それで、近づいて「町内の方ですか?」ときつい口調で聴くと、「はい、そこの〇〇です」と言う。我が家の2軒隣りのご主人だった。「ああ、そうですよね!アハハハ。町内外の者で、たまに捨てに来る不届き者がいるので…」と言ったが、本当はそんな者はいない。

          

マンションの時の練習だ。でないと、Nさんに「あなたもバンバン注意しないとダメだよ!」と叱られる。自分の上司のようだ。本当の上司である管理会社の担当者に、外部の者の不法投棄ゴミのことを報告すると、「どうします?警察に届けますか?」と自分に聴いてくるくらいだから、頼りにならない。Nさんが、自分のボスだ。

「あまりにもひどい、不法投棄」

正月前に、ものすごい量のペットボトルと空き缶と空き瓶が、ラベルもキャップと取らず、混在して大きな袋に4袋も、マンションのゴミステーションに捨てられていた。土曜日か日曜日の夜中に持ってきたようで、同じ人物らしい。以前にも、1袋ずつ持ってきた奴だと思う。

参ったなあと思って、仕分けをしていたが、あまりの量で5本くらいラベルはがしとキャップ取りをしたところで、これはひどいと思って「ふざけるなー!」とブチ切れた。手に持っていたペットボトルを投げ捨てた。「これは犯罪だー!」と。           

    

気づくと、警察に電話をしていた。「不法投棄のことで」と。「上の管理会社の担当者に相談しなくて良かったか?」と後で思ったが、前に相談したら「どうしますか?警察に電話した方がイイですか?」と、逆に聴かれたので、相談しても仕方がない。

近くの交番に居た警察官が、パトカーに乗ってやって来た。事情を話したが、返事は予想通りで「監視カメラで相手の車のナンバーとかを確定して、その所有者に話を聴きに行くということくらいしか出来ないんですよね。刑を確定するのは難しくて」とのこと。

それで、「そうですよね。でも、こうして警察が来たということで、犯人?に対しても、入居者に対しても威嚇というか、抑止力にもなりますからね」と自分が言うと、「そうなんですよ」と警察官も言った。パトカーが帰る時に、「そうだ!パトカーの写真を撮って、掲示板とゴミステーションの入口に貼ってやろう!」と思い付き、パトカーが帰る時に急いで撮影した。

         

その時の写真を載せた貼り紙を、マンションの掲示板とゴミステーションの入口のドアに貼った。ボランティアで、いつもゴミの仕分けもやってくれている入居者のNさんによると、あれから一切、不法投棄はないので、「パトカーの写真は効いてるね」と言っていた。 ということで、結局、不法投棄の膨大な4袋は残ったままだ。もう一人の管理人O氏と、仕方ないから少しずつ片付けて行こうとラインした。

すると、札幌市在住のO氏が「札幌市は、ペットボトルのラベルは剥がさなくていいし、キャップも取らなくてイイ。空缶と空き瓶も混じっていてもイイから、そのゴミを車に積んで帰って、自分の家の近くのゴミステーションに捨てるよ」と返事が来た。

このときほど、O氏が愛おしく思ったことはなかった。思わず、スマホに手を合わせていた。ありがたや、ありがたや。(-∧-) ということで、4袋すべてをO氏が持って帰って処分してくれた。O氏の大事なミニクーパーに、大きなゴミ袋を満杯に積んで。

「腰が痛くならないマットレス選び」

腰部脊柱管狭窄症とヘルニアをやっているので、ここ5年くらいずっと腰痛との闘いが続いている。最近は、仕事のない木・金・土・日にエアロバイクを漕ぎ、その他に腰痛に効果があるという簡単なストレッチを毎日、夜寝る前と朝起きたときにやっている。それぞれ、もう2~3ヶ月以上やっている。

その効果が出てきたのか、一時期、腰のコルセットをしないと痛みがひどくて仕事のときは辛かったが、最近はコルセットなしでも平気になってきた。そして、2週間ほど前に、歩くときに腰の痛みが気にならず、自然に背筋を伸ばして歩けたことが1日だけあった。こんなに体が軽くて、歩くのが楽なのかと驚いた。腰を痛める5年前は、こんなんだったんだと思うと感慨深かった。

「不自由になって初めて分かる、健康のありがたさ」というところか。こうなると気持ちも前向きになって明るくなり、少しでも動いていたいという気持ちになる。これほど、腰痛が精神的にも影響があるものなのかと驚くばかりだ。腰が痛くないということは、こんなに快適なことだったのか。

        

これからも運動やストレッチを続けて行けば、腰痛や体力は、高齢になってもまだまだ回復すると分かった。最近、足の筋肉もついてきた。それもあって、3週間ほど前から、寝る前と朝起きた時に、ひざの屈伸、両足伸ばし、アキレス腱伸ばし、上半身捻りなどの簡単なストレッチも始めた。これをやってから、毎晩のように起きた足のこむら返りがなくなった。

それで、今のところ問題なのは、夜寝てから腰というか両方の尻の両側が、寝返りするたびにひどく痛んで、何度も目が覚めることだ。ほとんど毎晩だ。その痛みは、翌朝から一日中引きずる。これがなくなると快眠できるし、日中の腰の痛みが減って楽になる。

ということで、各社から出ている高反発のマットレスを色々と調べてみた。今までは、3年くらい前に買った「トゥルースリーパー」というマットレスを使っていたが、厚さは4センチくらいしかなく、使ってみると薄過ぎて床着き感があって、背中や肩が痛くなり、仕方なくその下に同じくらいの厚さの低反発マットを買って敷いていた。

       

しかし、この「トゥルー・スリーパー」も3年も経つとへたってきたようで、今では2センチくらいの厚さしかないので、腰痛には効果がなくなっているようだ。それで、「トゥルースリーパー」の会社から、昨年末から何度も「買い替えです」というハガキが来ている。

このショップジャパンと、通販生活の腰痛用のマットレスを比較して、通販生活の厚さ4センチの「エルゴスリープ」というマットレスに決めた。価格は、送料込みで16,640円だった。これで、腰の痛みが少しでもなくなり、快適に眠れて体調も良くなり、そして精神的にも前向きになれば最高だ。

介護士さんは、ほとんどが腰痛持ちで、職業病だという。その人たちや腰痛で悩んでいる人も、自分と同様、こうして少しでも痛みがなくなるマットレスを色々と探して、使っているのだろう。いつか、寝ただけで背骨の位置が矯正されて、腰の痛みが根本的に改善されるようなマットレスが出たら、すごいだろうな。