オジさん NOW

還暦過ぎたオジさんのあれこれ

「伝説、そして金…」

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自分の育った故郷の川では昔、砂金がよく取れたそうで、その元をたどると〇〇金山がすぐ近くにあり、そこには掘り尽くされた無数の深い縦穴が掘られていて、それが雑草などに隠れていて落ちると危ないという話を、当時その近くに住んでいた同級生から聴いたことがあった。

昔、その近辺に住んでいた一人暮らしの爺さんが砂金を一升瓶に溜めていて、それが10数本も床の下に有ったのを見た人がいるという話を聞いたことがある。そして、その爺さんが死んだ後には、それがすべてなくなっていて見つかっていないという話だった。

話は変わるが、その故郷で町内の中高齢者の集まりがあり、「何々とかけて、何と解く!その心は?」という謎かけ遊びの大会をしていたそうだが、その時に優秀賞を取ったのが自分の同級生の母親で、その作品とは「〇〇金山とかけて、“フンドシと解く”。その心は、“時々金が出る”」というものだった。当時、お袋が「あの、普段は上品でもの静かな、あの奥さんが!」と驚いていた。

その故郷の町から隣町に行く道路の途中は、片側が川で片側が切り立っている崖になっていて、その崖の上にいくつかの洞穴があったのが、鉄道工事をしている時に偶然見つかった。この辺は昔はアイヌが住んでいたようで、隣町にはその遺跡も残っている。

それで、もしかしたらその洞穴にアイヌの財宝が眠っているのではないかと想像したこともあったが、後に或る人からこの洞穴は昔、網走刑務所から脱走して来た数人の囚人が隠れ住んでいたという話を聴いた。そして、その囚人がそのままここに住みついて、この地域の住人になっていると言っていた。ということで、話が脱線、脱線で、どうまとめていいのか分からないので、この辺で終わることにする。

「ついに、来月完成か?南大通大橋」

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     ※2020年 2月16日撮影。今日は日曜日で工事も休みだった。 
自分が24年前にここに来たときから、すぐ近くに橋ができるという話があった。その話は毎年出てくるのだが、いつも具体的な話も計画もなく、「幻の橋」と言われ続けていた。先般、江別出身の47歳の同僚に、とうとう橋が完成しそうだと言うと「本当ですか?俺がガキの頃から、ずっと出来る出来ると言われていたんですよ。ホントに出来るのかなあ?」と疑っていた。それくらい、「幻の橋」だった。

それが最近、一般の人を時々この橋を歩いて対岸まで渡らせているという話も聞いた。それなら、いよいよ間違いなく車も通れる日が近いと思うのだが。近くをいつも通って見ているが、もうすぐ完成のようにも見える。土日や祭日などは工事は休みかと思ったら、休まないでやっていたりもするので、3月末の完成に間に合わせようと急いでやっているのかなと思ったりもする。ちなみに、今までの古い東光橋の改修工事も今やっていて、もうだいたい終わりそうだ。

新しい橋が出来ると、対岸にある上江別のホクレンショップまで車でなんと3分くらいだ。今まで一番近かったスーパーまで10分くらいだったので、ものすごく近くなる。ちょっとした物がなくても、すぐ買ってこれるのですごく便利だ。今までは 、やはり同じくらいの距離にあるコンビニで買っていたが、これからは品揃いも豊富で価格も安いホクレンショップだ。

歳をとると、出かけるのも段々と億劫になるので、すごく助かる。ただ、本当に3月末にできるのか、まだ少し疑ってはいる。なんといっても、「幻の橋」と20年以上言われていた橋だ。普通、橋の工事は完成が延期になることが多いと聞いたこともあるが、なんとか頑張って3月末までに完成させて欲しい。頼みます!(-m-)

「栗山町のラーメン店 “大鵬”」

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みそネギガーリック 1,000円(税込)

栗山町の市街ではなく、外れの方に“大鵬”がある。この店の先を少し行くと、野球の日本ハム監督である栗山監督の住居と野球展示館と私営球場がある。この店の向かいは栗山公園で、桜の時期には満開になって多くの人が集まる。このラーメン店には、同町出身のお笑い女芸人“バービー”が高校生のときに、部活の練習が終わるといつも食べに来ていたとテレビで話していた。ただ、この店はそんな芸能人や有名人などの色紙を飾るということには興味がないらしく、そんなようなのが貼ってあるのを見たことがない。

土日祝日は、客が入口の外に行列を作っていて、札幌方面からも来ているようだ。50代と70代くらいと思える、親子と思える男2人が厨房でラーメンを作っているが、とにかく最強のコンビで要領がよく手際がよい。ラーメン作りは分業制になっているようで、それをやりながら2人とも絶えず周りを見渡していて、アルバイトの店員に「そこのテーブルの水がない」とか「片付けて」とかテキパキと指示し、並んで待っている次の客にも「何にしますか?」と聴いている。

特に驚くのは50代と思える息子で、伝票などは一切無く、客の頼んだものはすべて頭の中に入っていて、精算時にすぐ料金を言う。自分達も途中でメニューを何回か変更したことがあったが、それも間違いなかった。満員のときも、精算時に次々と平然と料金を言う。この人間電子計算機(古いか?)に、みんな驚いている。

肝心のラーメンだが、自分と女房と次男坊夫婦が頼むのはすべて「ネギ味噌ガーリック」だ。ネギは地元産のもので、シャキシャキとした時期にだけ扱っているようだが、これが実に美味い。ニンニクのフレークもかけているので、とにかく濃厚だ。次男坊夫婦は、今でも「ここのラーメンが、今まで食べたラーメンの中で一番美味しい」と言っている。食べ終わった後も、「美味かったあ!}と満足するラーメンだ。味が濃厚なので、アッサリ系の人はダメかも。

ということで昨日、仕事が休みだったので久しぶりに大鵬に行って来た。開店は昼11時からということだったが、15分前に着いてしまったので斜め向かいのホーマックで時間を潰そうと思っていたら、なんと10時45分なのに開店していて、客も何人か食べ終わって出てきているではないか! 中に入ると、10人くらいの客がすでにいた。それから、いつもの「みそネギガーリック」を頼んで、11時に食べ終わって(早食い!)店を出ようとすると、外までズラーっと10人ほどの客が並んで待っていた。平日なのに、しかも開店前なのに、恐るべし大鵬!まだまだ勢いは衰えてはいなかった。

「腰の調子が、すこぶるいい!」

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腰の痛みがほとんどなくなって、調子がすごくいい。去年の12月までは痛くてヒイヒイ言っていたのに、今は以前からある尻の左右に若干鈍痛があるだけで、ひどい痛みがなくなった。手術をしないで、こんなに良くなるとは思ってもみなかった。仕事をしていても、以前は普通に歩くだけでも痛くて腰を大きく曲げて前かがみで歩いていたので、同僚からも「すごく曲がっていますね」と言われていたのに、今は普通に歩いている。といっても、腰部脊柱管狭窄症は背中を少しでも反ると痛むので、普通の人よりは猫背になってしまうが。

最初に病院に行ったら1ヶ月分の痛み止めの薬だけ出してくれたが、それだけで腰痛が治るのかと不思議に思い、担当の先生に「この痛み止めだけで、本当に治るんですか?」と何度も聴くと、「大丈夫だと思います。人間の体は異物があると、それを除去する働きがあるんです」と、なんとも理解しがたいようなことを言うので、本当かなと疑っていたが、それから日ごとに痛みがなくなっていき、1ヶ月後にまた病院に行った頃には痛みはほとんどなくなっていた。そのときは診察だけで検査はなく、先生に「痛みはほとんどなくなりました」と話すと、ニコッと笑って「出てきたヘルニアを、体が除去したんです」と前と同じことを言った。

そして、先生が「どうします?またMRI検査で様子を見るということも出来ますが、やらなくても大丈夫だと思います。薬をまた出しますか?通院は続けますか?」と聴くので、「薬だけもう少しもらって、通院は一応今回で終わりということで、もしまた痛みが出たら来るというのはどうでしょうか?」と言うと、先生も「そうですね。それがいいですね」ということで、通院は終わった。当初は手術を覚悟していたのに、痛み止めだけを1ヶ月間飲んだだけで、ほとんど完治するなんて信じられなかった。

結局、またもらった1ヶ月分の薬はほとんど飲んでいない。痛みが止まったからだ。今回は、いい病院といい先生に当たった。先生は人柄がすごく良くて、話すことが的確だし、優しい。患者にとっては、最高の先生だ。もし、また腰に異常があれば、この病院のこの先生に診てもらおうと決めている。手術をするのが嫌で、“治療数が多く、手術数が少ない病院”を探して、ここに決めたのが正解だったと思う。手術も薬もなしで、ひどい痛みから解放されたことが、すごく嬉しい。

「あれ、あれ、なんだっけ?」

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歳を取ると、色々な名前が思い出せなくなるというが、まさしくその通りで、人の名前、地名、映画やテレビ番組の題名、店の名前、等々、数え上げたらきりがないほどだ。自分の場合は、それを自覚したのは60歳を過ぎた辺りだろうか。その前からも少しずつそういうことはあったのかもしれないが、ハッキリと自覚したのは60歳過ぎてからだろう。

職場で、59歳の同僚と自分と同年齢の同僚と昔のテレビ番組や有名人や色々な飲食店の話しをしていても、2人で「あれ、なんて言ったっけ?」、「あ~、あれね。なんてったっけ?」、「あれ、あれ」と言うばかりで、さっぱり思い出せないので、話がなかなか先に進まない。同僚の人達は、仕方なくスマホやタブレットでそれを調べて、「あー!分かった。〇〇だ」と言い、自分も「あー、そうだ!それそれ」ということになるが、とにかく時間がかかる。

確かにスマホやパソコンは、そういう点ですごく助かる。分かる範囲のことを検索のキーワードとして入力すれば、それに関することがズラーっと出て来るので、大抵は探していることが見つかる。便利なものだ。ただ、このスマホは我々世代になると設定が非常に難しく、格安スマホに買い替えた時などはスマホの販売店で色々と聴かれるが、何を言っているのかサッパリ分からない。

若い女性店員に「俺と同じくらいの年齢の人達は、これが分かるの?」と聴くと、「いえ、ほとんどの方はお子様やお孫様が一緒に来て、代わりにやっています」と言っていた。そうだろうなと思う。設定は我々世代には難しくて、手に負えない。しかし、設定さえ終われば、後は便利もので、「あれ、あれ?」には非常に役に立つ。

「1日2食、晩飯のキャベツ、食後15分以内のエアロバイク」

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食レポも今まで溜まっていたのを一気にほぼ出し終わったので、これからは、また新たに入った店があったら、随時掲載して行こうと思う。1ヶ月に2~3日くらいは好きなものを外食しようかと思っているが、それには普段の食生活や運動を今以上に、きちんとやらないとダメだし、そんなこともあって今までの食生活や健康管理を見直して改善して行こうと思い、色々とやっている。

まず、昔から「1日3食、食べないとダメ」と言われて来たことも、数年前から1日3食の食事はどうも今の自分には合っていないのではないかと思うようになってきた。いつも満腹感があってゲップをしていたり、胃液が上がって来ることも多々あったからだ。だから、空腹感を感じることはまずなかったし、糖尿病なので空腹になると低血糖になって危ないということがいつも頭の中にあったので、腹が空いたと思うことがないように食べていたこともあった。ただ、高血糖値がずっと続いていたので、空腹時の低血糖の危険性は考えなくても良かったのかもしれない。

1ヶ月ほど前に書店で「“空腹”こそ最強のクスリ 青木厚著」という本を見つけて読んでみると、まさしく自分が今まで思っていた疑問に対する答えが、そこに書いてあった。そもそも日本人は1日2食だったが、江戸時代後期の戦乱や大火の時に、肉体的にハードだった侍や大工などにさらに1食多く振る舞って1日3食としていたのが、その内それが普通になったということらしい。

それと、今の洋風の食事では、1日の理想のカロリー摂取量は3食だと軽くオーバーするので、1日3食は日本人には合わないそうだ。体にとっても、空腹の時がないと胃腸も肝臓も休むときがなくて段々と疲弊していき、機能が衰えて色々なところが悪くなっていくらしい。

というようなことで、ここ1ヶ月ほど朝昼の1日2食にしていて、夜に腹が空くときはキャベツを小さくちぎって電子レンジで4分ほど温め、それにドレッシングをかけて食べるようにしている。元々、キャベツは好きだったので、美味しく食べれるし、お腹もいっぱいになるので非常に満足している。

以前、病院の院外薬局の人に「間食がやめられないけど、どうしたらいいだろ?」と聴いたら、「キャベツをオヤツ代わりに食べたらいいですよ。生でバリバリと食べて」と言うので、キリギリスじゃあるまいしと思っていた。その内、職場のUさんが毎晩、晩酌をするときに「酒のつまみは、キャベツを蒸したのとトマトを食べている」と言うので驚いたが、自分も一度やってみようと思ったのがきっかけだ。

それと、「食後15分以内に運動すると、血糖値が上がらなくていい」ということが、最近テレビや本に出るようになり、「食べた後にすぐ動いたらダメ」という昔からの常識が、常識ではなくなっている。最近は食べた後すぐエアロバイクを漕いでいるが、これがかなり食後の血糖値上昇を防いでいるような気がする。

上記のことを色々と自分なりにアレンジして実践しているが、今のところ1ヶ月間で体重が約3キロ減ったのと、毎朝測っている血糖値が今まではずっと200台前後と非常に高かったが、それが驚くほど急激に下がって行き、今は夜間の間食をバカみたいにしなければ130台だ。すごい下がりようで驚いているが、まだもう少し続けていって様子を見なければならない。今は体調も少しずつ良くなっているように思う。後は、継続だ。血糖値を下げて、3月になったらうどんを食べに行かなければならない。

「長沼町の手打うどん店 “ほくほく庵”」

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1月2月と店は休みなので、この店のホームページの写真を拝借した。

この店は、以前は札幌市内にあった有名店だったらしい。なるほど、美味いのも分かる。こんな、周りが畑ばかりのところにポツンと1軒だけある小さな店だが、昼時はいつも満員で駐車場には車がズラーっと並んでいる。今の時期の1月と2月は、冬休みということで毎年休業している。

ここにはもう何度も行っているが、“釜あげ天ぷら”をいつも頼んでいる。素朴な醤油タレが実に美味くて、コシの強い太い手打の麺とベストマッチだ。天ぷらも表面がカリカリしていて、実に美味い。この天ぷらをタレの中に入れて、うどんと一緒に食べるのも好きだ。タレと麺のバランスがすごく良いのか、毎回食べても飽きることがないし、量も結構あっていつも満足して帰って来る。シンプルだが、理屈抜きでとにかく美味い。

この店には以前、すごくお世話になった。それは数年前に地震があった時に江別は停電と断水になって水を集めるのに大変で、その時に隣町の公園の水飲み場はどうだろうかとポリタンクをたくさん持って行ったが水は出なくて、仕方ないのでそのまま近くにあるこの店で昼飯を食べに行った。

開店間際で客は自分1人だけで、厨房に居た店主と店員が「江別の方は停電と断水で大変みたいだ」と話していたので、自分も「断水でえらい目にあって、それで水を集めに来た」と言ったら、店主が「それは大変だ。うちの水道水をタンクに入れて持って行ったらいい」と何度も言ってくれた。

すると、店員の女性が「家の近くにあるマオイの湧水から汲んだ水が、焼酎の大きなペットボトルにたくさん入れて取ってあるから、水道水の水の他にも持って行ったらいい」と言ってくれて、家に居た息子さんにわざわざ電話して店まで届けさせてくれた。「今どき、こんな親切な人達がいるのだろうか?」とずっと感謝感激していた。

正直、自分は糖尿病なのでうどんは一番悪いと言われているので頻繁には行けないが、それでもこの味と、この店の人達の人情味あふれるところに魅かれて時々行っている。1月と2月は冬休みで、閉店しているので、3月になるとすぐまた行くつもりだ。