遠藤周作の本を、最初の作品から順に読んでいる。昔は敬遠して読まなかった、真面目な本だ。「狐狸庵のぐうたらシリーズ」とは違う、と言ったら「ぐうたらシリーズ」は真面目でないと思うだろうが、これがユーモアに溢れていて、その中に人生の教訓がたくさん含まれている本なのだ。真面目だから、いいってもんじゃあない。
まずは、芥川賞を受賞した「白い人」が入っている本から読んでみた。順に「白い人」、「黄色い人」、「アデンまで」、「学生」の4編が入っている文庫本だ。どれも、「ぐうたらシリーズ」とは全く違う、シリアスな内容だった。
そして、次に「海と毒薬」を読んだ。大体の内容は知っていたし、映画も昔観たような気がするが、あまり覚えていない。確か、渡辺謙が医学生の役で出ていたと思う。第2次世界大戦のときに、捕虜にしたアメリカ兵のパイロットを九州の大学付属病院で、人体実験したという話だ。この話は、実話をもとにしている。
次に、「わたしが・棄てた・女」を読んだ。急に読みやすい内容になったが、読み進んでいくと、ハンセン病(らい病)の話になっていった。当時は隔離するしか方法がない難病で、手足や顔などが崩れていくために、世間から遠ざけられ、嫌われて、非常な差別を受けた。最近、話題になり、映画にもなったようだ。
そのハンセン病と診断された女性が、1人で隔離施設に入るために向かって行く。そのときの絶望的な気持ちや、その後、誤診だったことが分かったときの気持ちが、痛いほど分かり、胸がいっぱいになって何度も涙が出た。何故なのだろうと思っていたら、自分が30代半ばの頃に、健康診断で脳ドックを受けた時の経験があったからだ。
人間ドック専門の病院でMRIを受けたが、その後の診察で、先生がその画像を見て「後頭部に空洞がある。こんな人は珍しく、以前、そんな人がいたが3ヶ月で亡くなった」と言った。そして、再検査をすると言う。信じられなくて茫然としたが、その後、事の重大さが分かって、すごく動揺した。当時、自分には年子の男の子が2人いたが、まだ2~3歳だった。
この子達を残して、自分は後数か月で死ぬのかと思うと、悲しくて切なくてやり切れなかった。そして、その病院では不安があったので、札幌市内の専門の大きな病院で診てもらった。それまでの数週間は、ずっと生きた心地がしなく、死ぬかもしれないという絶望的な気持ちで、頭の中はいっぱいだった。子供たちが不憫で、寝ていて涙が出た。
そして、検査が終わって診察になった。先生が画像を見て、「ふんふん、どこに空洞があるんでしょうかねえ~♪ どこが異常なんでしょうかねえ~♪」と歌い出した。その後、この小さな空洞みたいなのは多くの人にあって珍しくなく、異常なんかじゃないと言った。それを聞いて力がドーッと抜けて、椅子から崩れ落ちそうだった。これで、まだ生きることが出来ると思った。
そんなことがあったので、この本の中の女性の気持ちと、ダブったのだろう。自分はそのとき、「もし自分を助けてくれたら、人のために一生尽くします」とか、神様仏様にずっと祈っていたが、大丈夫だと分かったら、そんなことはすっかり忘れてる。ゲンキンなものだ。この本を読んで、こうして今も生きていることを改めて考えさせられる。
この本の中の女性と、ハンセン病の人達との会話や触れ合いがなんとも切なく、やるせなくて、胸がいっぱいになる。この世に生まれて、そして生きるということは、どういうことなのか。もうこの歳だから、分からなくてもいいが、明日を生きる希望は欲しい。というか、本当はこうして生きているだけでも、有難いことなのかもしれない。
次は、「死海のほとり」を読むが、これは長編で少しハードルが高そうだ。でも、なんとか頑張って読んでみよう。この後、「イエスの生涯」、「キリストの誕生」、「侍」、「スキャンダル」を読む予定だ。「沈黙」は昔読んだし、内容も大体知っているので、イエスやキリスト教の知識をもう少し得てから、再度読むつもりだ。