▢ 恐るべし、ペースメーカー!
検査入院は、4人部屋だった。午前10時半頃に部屋に入ったとき、入り口寄りの右側のベッドが空いていて、そこが自分の場所だった。他の3つはすでに埋まっていたが、その日の昼に右側の窓側のベッドの人が退院した。その後、看護師さんに言って、そこに変えてもらった。
退院した人は70代だと思うが、ペースメーカー埋め込みの手術をしたようだった。1週間ほどの入院だったと思うが、同室の他の2名と話をしていたのをカーテン越しにベッドに寝転んで聴いていた。というか、スマホをいじっていたのだが、あまりにも興味のある話ばかりしているので、盗み聞きしていた。
これはすごいと思ったのは、その人が「ペースメーカーを入れた後は、足が自然に前にスイスイ出るんです。今までノタノタ歩いていたのは何だったんだろうと驚きました」と言っていたことだ。そして、歩くのも息をするのも寝るのも、こんなに楽になるのかと驚いたと言っていた。そんなに、劇的に良くなるのか。
▢ 何と、あの時の!
この人が入れたペースメーカーは、13年間取り替えなくてもいいという。さらに、障害者1級になるとかで、障害者年金とかが結構もらえるという。そんな話を「なにー!」と思いながら、盗み聞きしていた。ペースメーカー自体の大きさは直径が4~5センチで、厚さが5ミリくらいだそうで、胸の上から触ると分かるが、ほとんど意識しないと言っていた。
その人が退院して、残ったのは入口左側の手前と、奥の窓側の2人だけだ。その内、奥の51歳のMさんが手術で居なくなったとき、自分の向かい側に居る70代半ばの人と色々と話をした。色々と話をする内に、その人の自宅が元は○○町だというので、「僕はその近くの○○不動産に勤めたことがあります」と言った。
すると、その人は目を丸くして、僕の顔をジッと見て「僕もそこで働いていました」と言う。自分が驚いていると、「そこの会長です」と言う。「えええー!」とよく顔を見たら、確かに2回ほど会社で会ったことがある会長の顔だった。挨拶したことがあったが、向こうはすぐ辞めたパートの顔など覚えているわけがない。
▢ 戻ってこない会長
しかし、その会長は僕の叔父の土地を売ったことがあり、叔父のことは良く知っていた。それから、すでに会長は会社を引退して息子2人に会社を任せているので、そんな話とか僕の方の同族会社のことなど色々と話した。すごく聴き上手な方なので、余計なことまで話し過ぎた。
この会長は、若い頃に勤めていた会社が倒産して、小さな年子3人の子供と家のローンを抱えて、必死で不動産会社を立ち上げて苦労して大きくした。それだけのことはあり、それを感じさせる人だった。叩き上げの創業者は、やはり話していて違う。この会長が、「後10年、生きたい!」と言った。孫が大きくなるのを見たいと。それで、「僕も!」と言った。
会長は数年前からすでに透析をしていたが、心臓も悪くなり、今回はカテーテルで狭くなった血管を広げるための手術だった。午後3時半頃に、看護師が押す車椅子で手術に向かった。そして、2時間くらいで終わるんじゃないかと言っていたのに、3時間以上経っても戻ってこない。それで、同室のMさんが戻って来たので、「どうしたんですかね?」と話していた。
そうしたら、掃除のオバサン2人がやって来て、会長の荷物を片付けて、全部カゴに入れている。そして、ベッドもきれいにしてカゴを持って出て行った。Mさんが「ICUに荷物を運ぶと、掃除のオバサンが言ってました」と言う。集中治療室だ。「大丈夫でしょうかね…」と言って、2人とも黙った。
▢ 戻って来た会長
翌日の午後3時に、Mさんは透析に行った。手術した腕の血管が繋がるまで、首の血管から透析をしていた。3時間くらいして、Mさんは戻って来て「会長がいましたよ。透析をしていました。でも、かなりヨレヨレでしたね」と言った。
僕が退院する少し前に、会長の荷物が元の場所に運ばれてきて、会長が戻って来た。僕が着替えているのを見て「退院するんですか?良かったですね」と言った。会長に「ICUに行ったんですね。戻ってこないので、Mさんとどうしたんだろうと心配してました」と言った。
カテーテルを入れて血管を広げているときに、息が苦しくなって酸素吸入をし、そのままICUに運ばれたそうだ。会長は年齢が75歳くらいで、以前からずっと透析もしていたので、体が弱っていたようだ。それでも、元気そうだったので安心した。ここにいると、みんな同じような仲間なので心から「良かったなぁ!」と思える。