オジサン NOW

還暦過ぎたオジサンのつぶやき

伝説の棟梁「西岡常一」と、その弟子「小川三夫」

    f:id:yoisyotto:20210528181554p:plain    f:id:yoisyotto:20210528184209p:plain

今、宮大工で伝説の棟梁「西岡常一」と、その唯一の弟子「小川三夫」の本を読んでいるところだ。図書館から借りてきた「木のこころ 仏のこころ」は、西岡常一氏と仏像を作っている仏師の「松久朋琳」の間に聞き手が入り、対談形式になっている。「棟梁」は小川三夫氏が語ったことを、聞き書きした本になっている。

西岡常一氏は明治41年(1908)生まれで、松久朋琳氏は明治34年(1901年)生まれで、共にすでに亡くなっている。お互いに頂点を極めた人だけに、とても示唆のある深い言葉ばかりだ。特に西岡常一氏、そしてその弟子の小川三夫氏も後に棟梁ということで、大人数をまとめて指導していることもあり、超大手企業のカリスマ創業者にも匹敵するものがあるように思う。

京セラの創業者の稲盛さんも、どんな業種の人でもその仕事を極めると同じ境地になるということを言っていた。以前、NHKの「プロフェショナル」という番組をよく見ていたが、まさしくその通りだと思った。空港の掃除夫、クレーンの運転手、海の工事などの潜水夫、ラーメンの店主など、色々な職場で働く多くの一流の人達を見ていると、素晴らしいと感動してしまう。

確かに、仕事をとことんまで追求して極めた人たちには共通するものがある。みんな非常に魅力があり、目が輝いていて顔つきが違うし、言葉に重みがある。それは形式的な型通りの言葉ではなく、各々が心の奥から発するその人独自の言葉だ。そして、その人達の言っていることには、どれも共通点がある。同じ境地なのだ。 

今回借りてきた「木のこころ 仏のこころ」を読んで非常に面白かったのが、法隆寺の改修工事で棟梁の西岡常一氏と総責任者である大学の建築の先生との対立で、大学の先生は机上の理論ばかりだが、棟梁は実際に現場で施工する立場なので意見が対立する。

理論や理屈ばかりでは、実際には何も出来ないということがわかるし、現場で体感してみるということの大切さがよくわかる。これは建築の話だけに限らず、あらゆるものに通ずることだと思う。西岡常一氏の発する言葉全てが、重みがあって深い。そして、ユーモアもあり、笑ってしまう。

30代の頃から西岡常一氏の本は読んでいたが、当時はよく分からなかった。今改めて読んでみると理解できるようになってきた。小川三夫氏の本もすごく良くて、この2冊の本を手元にずっと置いておきたくて、Amazonで同じ古本を探して注文した。いつも、文庫文ではなく単行本だ。文庫本では、歳を取って小さい字が読みづらくなった。

それと、こういう良い本をハードカバーの立派な単行本で持っているというだけで、満たされたような気持になる。前のキース・リチャーズの本もそうだ。またいつか、読み返すときがあるのかどうかは分からないが、仮に読み返すことがなくても、傍らにあるというだけで幸せだ。また、良い本に巡り合えた。図書館をこれからも利用しよう。